2006-06-01から1ヶ月間の記事一覧

出目正伸『バルトの楽園』

◆『バルトの楽園』監督:出目正伸/2006年/日本/134分 第一次大戦のとき、青島を攻略した日本は多くのドイツ軍兵を捕虜とする。日本各地の捕虜収容所に兵士が送られていくのだが、その一つである徳島の「板東捕虜収容所」が舞台となる。他の収容所では、捕…

田島正樹『読む哲学事典』

◆田島正樹『読む哲学事典』講談社現代新書、2006年5月 各項目は短い文章で書かれているが、なかなか読み応えがあって、何度も読み返したくなる本だ。何かを考える際のきっかけとして。全体に堅めの文章が続く中、途中で「ハゲとブス」という項目が入っている…

大江健三郎『憂い顔の童子』

◆大江健三郎『憂い顔の童子』講談社文庫、2005年11月 『取り替え子』のつづきが気になって、『憂い顔の童子』も読んだ。そうしたら、このつづきがまた気になってきた。大江健三郎の小説がこんなにも面白いとは。―― 本作では、「re-reading」がけっこう重要な…

川西政明『小説の終焉』

◆川西政明『小説の終焉』岩波新書、2004年9月 「〜〜の終り」とか「〜〜の終焉」といった類の言説は、うさん臭い。それによって、何か面白い論点が出るのだろうかと、最近考えている。 この本のタイトルは、そのものずばり『小説の終焉』だ。著書はどういっ…

芥川龍之介『奉教人の死』

◆芥川龍之介『奉教人の死』新潮文庫、1968年11月 いわゆる「切支丹もの」と呼ばれる作品。キリスト教という宗教自体に関心があったというよりも、「切支丹もの」で日本と西洋の文化の融合・対立を描こうとしたと言われる。また独特の言葉を用いることによっ…

津島佑子『山を走る女』

◆津島佑子『山を走る女』講談社文芸文庫、2006年4月 津島佑子の長篇作品を読んだのは、はじめてだ。これがなかなか面白い。 『山を走る女』は、著者のはじめての新聞小説だという。書かれたのは1980年。題材は、今の言葉で言うなら「シングル・マザー」とい…

町田康『きれぎれ』

◆町田康『きれぎれ』文春文庫、2004年4月 「きれぎれ」で芥川賞を受賞したわけだが、私には「くっすん大黒」のほうが面白かった。「きれぎれ」は、どこか計算されて作られているなという印象を受けてしまう。でも面白い。きれぎれ (文春文庫)作者: 町田康出…

町田康『くっすん大黒』

◆町田康『くっすん大黒』文春文庫、2002年5月 遅ればせながら、町田康のデビュー作を読んでみる。とんでもなく面白い。これはすごいなあと感心しながら、一気に読んでしまう。また、文庫本の解説を三浦雅士が書いているのだが、この解説も非常に面白い。三浦…

たとえ「幻想」だとしても

「小説読者の質は果たして落ちたのだろうか*1」について、少し考えることがあったのでメモしてみる。 佐藤亜紀の「この世からは小説を読むための最低限のリテラシーさえ失われてしまったらしい」という意見に対し、筆者は違和感を覚えるという*2。その理由と…

関口安義『よみがえる芥川龍之介』

◆関口安義『よみがえる芥川龍之介』日本放送出版協会、2006年6月 最新の芥川研究を取り入れて書かれている本書は非常に面白い。芥川というと、神経質で気むずかしい作家のイメージがあるが、本書を読むと実は友情にあつく、また旅行好きというアクティブな面…

中原昌也『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』

◆中原昌也『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』河出文庫、2000年9月 よく分からない。中原昌也の小説は苦手だ。暴力とエロとナンセンスに満ちている。だから意味や物語を求めても仕方がなく、既成の言葉が使い減らされていくさまをただ眺めるのが、本書を楽…

津島佑子『女という経験』

◆津島佑子『女という経験』平凡社、2006年1月 「女」とはなにか(p.7)――という問いのもと、古今東西の宗教や神話、物語をとりあげ、そのなかに描かれる「女」のイメージを読み解く。かなりの数の神話を小説家らしく自由奔放に読んでいるのが特徴的。女という…

ロブ・マーシャル『SAYURI』

◆『SAYURI』監督:ロブ・マーシャル/2005年/アメリカ/146分 ある意味問題作なのだろうけど、いちいち「あれは現実のものとちがっている」とつっこんでも仕方がないのか。現実の世界とは関係なく、一つの独立した世界を創造しているとして楽しむのが賢明だ…

田中小実昌『ポロポロ』

◆田中小実昌『ポロポロ』河出文庫、2004年8月 敗戦間近の昭和19年に、繰り上げとなって軍隊に入隊し、その後中国に送られ、そこでの軍隊生活を回想して語る「ぼく」。「ぼく」は、アメーバ赤痢やマラリアなどに罹り、年中下痢をしている。ろくに食べ物もない…

ロン・ハワード『ダ・ヴィンチ・コード』

◆『ダ・ヴィンチ・コード』監督:ロン・ハワード/2006年/アメリカ/150分 面白いといえば面白いのかもしれないが、バタバタと物語が展開していくので、ついていくのがつらい。原作を読んでから見たほうが良かったのだろうか。とにかく人物の背後関係が分か…

筒井康隆『小説のゆくえ』

◆筒井康隆『小説のゆくえ』中公文庫、2006年3月 評論からエッセイ、選評や短い推薦文までさまざまな文章が収められている。内容はどれもかなり面白い。小説のゆくえ (中公文庫)作者: 筒井康隆出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2006/03メディア: 文庫購…

佐藤喜彦編『【中国の大学生】素顔と本音』

◆佐藤喜彦編『【中国の大学生】素顔と本音――日本語でつづる「日本、そして私の国」』河出書房新社、2006年5月 本書は、日本語を学んでいる中国の大学生が、日本や中国に関するテーマで書いた作文を集めたもの。「日本そして日本人」「愛する祖国「中国」」「…

堤幸彦『明日の記憶』

◆『明日の記憶』監督:堤幸彦/2006年/日本/122分 堤幸彦監督の作品は初めて見たが、ホラー映画が得意な監督なのだろうと感じた。アルツハイマー病の主人公が、記憶を失い、アイデンティティが不安定になるさまを描くとき、まるでホラー映画のような映像に…

大杉栄『大杉栄自叙伝』

◆大杉栄『大杉栄自叙伝』中公文庫、2001年8月 アナキスト大杉栄の自叙伝。子どものころの話から、初恋の話もあり、平民社の人たちとの関係が始まるところまでと、それから神近市子に刺される有名な「葉山事件」についても書いている。「葉山事件」というと、…

大江健三郎『取り替え子』

◆大江健三郎『取り替え子』講談社文庫、2004年4月 「長江古義人」と「塙吾良」、そして古義人の妻である吾良の妹でもある「千樫」という登場人物の関係で織りなされる物語。周知の通り、この登場人物の関係は、大江健三郎と伊丹十三の関係がモデルとなってい…

ブロガーの持っている10の間違った認識と行動

自分は他人のブログを正しく評価できると思い込んでいて、あれはくだらない、あれはすばらしいとか書く。 自分は正しく他人のブログを読んでいると思い込んでいる理由が実際は精読によるのではなく、個々のインフォメーションの集積によっている(気が付いて…

塙幸成『初恋』

◆『初恋』監督:塙幸成/2006年/日本/114分 宮崎あおいが、あの3億円事件の実行犯を演じるということで、ちょっと期待して見に行く。この事件は、68年に起きていたのか。というわけで、学生運動といった時代背景が強調される。革命と恋。これが映画の主題…

山本博文『日本史の一級史料』

◆山本博文『日本史の一級史料』光文社新書、2006年5月 常々歴史家は、どのように普段研究をしているのか気になっていた。本書は、東京大学史料編纂所で研究を続けている著者が、歴史家が史料をどう読んでいるのか教えてくれる歴史研究入門書だ。 史料を求め…

大江健三郎『河馬に噛まれる』

◆大江健三郎『河馬に噛まれる』講談社文庫、2006年5月 『ウンコに学べ!』を読んだときに、この小説が取り上げられていた。連合赤軍の事件と「ウンコ」の関係。すなわち、これは革命と「ウンコ」の二項対立が描かた、いわゆる「ウンコ」の文学のひとつと言っ…

テニュア

日本の大学にも、アメリカのような「テニュアトラック」制度が導入されるという*1。 選ばれた若手研究者が、一定期間研究資金をもらって研究をつづけ、期間終了後に審査をし、認められれば教授や准教授のテニュア(終身在職権)が得られるとのこと。従来の制度…

朝日新聞の社説より

朝日新聞に「フリーター 「氷河期」の若者を救え」という社説があった。そこでは、「今後は、とくに「就職氷河期」と呼ばれた時期の波をかぶったフリーターに対する手厚い支援が求められる」という。そして、こう提言する。 民間企業も積極的に取り組んでほ…

仲正昌樹『デリダの遺言』

◆仲正昌樹『デリダの遺言』双風舎、2005年10月 本書で批判される「生き生き」志向には同意。とはいえ、実は私自身もどちらかといえば「生き生き」さを求めるタイプなので、本書を読むのはつらかった。 私は、正直に言って、「生き生きした現実」を知らないと…

百害あって一利なし

また、ふつう本の背だけしか見えない棚に、スペースをつくって本の表紙が見えるようにしてディスプレイしてある場合がある。これは「面出し」と言って、売れている本や、書店が売りたい本がそういう扱いを受けているのである。(石原千秋『大学生の論文執筆法…

小林政広『バッシング』

◆『バッシング』監督:小林政広/2005年/日本/82分 シネ・ヌーヴォにて。今日は公開初日で、監督の小林政広さんと主演の占部房子さんの舞台挨拶があるというので、見に行ってみた。 映画はかなり面白かった。最近ずっと「自己責任」について考えていたので…

石原千秋『大学生の論文執筆法』

◆石原千秋『大学生の論文執筆法』ちくま新書、2006年6月 本書は、「第一部 秘伝 人生論的論文執筆法」と「第二部 線を引くこと――たった一つの方法」の二つに分かれているが、重要なのは第二部である。第一部は、以前『ユリイカ』で特集した「論文作法」に掲…