田中小実昌『ポロポロ』

田中小実昌『ポロポロ』河出文庫、2004年8月
敗戦間近の昭和19年に、繰り上げとなって軍隊に入隊し、その後中国に送られ、そこでの軍隊生活を回想して語る「ぼく」。「ぼく」は、アメーバ赤痢マラリアなどに罹り、年中下痢をしている。ろくに食べ物もない生活。そんな軍隊生活を語っていくのだが、語り口が不思議な印象を与える。飄々としているというか、淡々としているというか、うまく説明することができなくて歯がゆいが、とにかく語り口が面白い。
また、もう一つ面白いのは、後半になって「物語」について「ぼく」が語るところだ。「物語をはなす者は、もうすっかり、なにもかも物語なのだ」「世のなかは物語で充満している」(p.172)と「ぼく」は考えている。だからといって、物語がいけないとか悪いとか言うのではなく、「ぼく」がつまらないと思っているのは、何より「自分で物語だとわかってることを、自分にはなしてきかせても……」(p.172-173)ということだ。
「ぼく」は、「軍隊」という語も物語だという。

軍隊というのが物語だ。軍隊とは、いったい、なにか? だれもこたえられはしない。だれもこたえられないものを、軍隊、軍隊と平気で言っていられるのも、物語として通用しているからだ。そして、物語として通用している軍隊のほかに、いったい、どんな軍隊があるというのか?

このあたりの認識は、戦争を語る他の文学と異なる点なのかもしれない。
それにしても、本書の問う問題は難しい。単に物語を拒否すればいい、物語化を批判すればいいといった簡単な問題ではなさそうだ。口に出して話してしまうと物語になってしまう。だが、だまっているわけにもいかない。では、どうすればいいのか。

しかし、物語は、なまやさしい相手ではない。なにかをおもいかえし、記録しようとすると、物語がはじまってしまう。(p.221)

「ぼく」の父が牧師だった教会で唱えていたように、「ポロポロ」と「言葉にはならないことを、さけんだり、つぶやいたり」するしかないのではないか。

ポロポロ (河出文庫)

ポロポロ (河出文庫)