津島佑子『山を走る女』

津島佑子『山を走る女』講談社文芸文庫、2006年4月
津島佑子の長篇作品を読んだのは、はじめてだ。これがなかなか面白い。
『山を走る女』は、著者のはじめての新聞小説だという。書かれたのは1980年。題材は、今の言葉で言うなら「シングル・マザー」ということになる。「父のいない子ども」を育てる女性、「小高多喜子」が主人公だ。もう少し、著者自身の言葉を参照すると、本作は「孤独」が主題ではないかと思っているという。女ひとりで、子どもを育てていくのは、もちろん経済的な問題も大きいが、なにより社会的な「孤独」が一番つらいことなのではないかと思い、本作品を書いていたという。
多喜子は、仕事を通じて知り合った男と、なんとなくつきあいができて、妊娠してしまう。妊娠が分かった頃には、多喜子と男は別れてしまい連絡も取れなくなっていた。多喜子の父や母は、多喜子が出産することを強硬に反対する。しかし、多喜子は子どもを産み、ひとりで育てていくことを決意する。
出産、育児、仕事、人間関係で、さまざまな困難にぶつかる。そんななか、アルバイトで雇ってもらった会社で、「神林」という男と出会う。「神林」には、障害をもった10歳の子どもがいた。そして、互いの子どもの話を通じて、多喜子は神林に惹かれる。多喜子は、神林に精神的なつながりを見いだし、そうして自分の生を肯定する。――
津島佑子の作品では、「水」が特徴的だが、本作でもいろいろな場面で「水」が登場し、多喜子と水が非常に強い結びつきを示している。多喜子はまた自然、木々の緑に目を奪われる。要するに、多喜子は植物と言ってもよく、水と太陽の光を浴びることで生き生きとする。水と光が、多喜子の生命の源なのだ。このあたりに多喜子の強さを感じる。読んでいて、とても気持ちがいい。

山を走る女 (講談社文芸文庫)

山を走る女 (講談社文芸文庫)