大江健三郎『取り替え子』

大江健三郎『取り替え子』講談社文庫、2004年4月
「長江古義人」と「塙吾良」、そして古義人の妻である吾良の妹でもある「千樫」という登場人物の関係で織りなされる物語。周知の通り、この登場人物の関係は、大江健三郎伊丹十三の関係がモデルとなっている。
物語は吾良の自殺から始まる。吾良は古義人に、自分の声を吹き込んだカセットテープを送っていた。それは「田亀のシステム」と呼ばれるのだが、吾良の自殺後、古義人はこの田亀のシステムを使って、吾良との「対話」に耽る。
古義人と吾良の関係は、松山での高校生の頃からはじまる。二人の関係が対照的で面白い。まず、古義人は小説家であり吾良は映画監督だ。古義人は、その作品をめぐってかつて右翼に狙われた経験があるが、吾良もやはり作品をめぐってやくざに襲われ大怪我を負うことになる。古義人と吾良の原点ともいえる「アレ」について、一方は「小説家の技法」で迫り、もう一方は「記録映画の厳密な手法」で迫る。二人は似たもの同士でもあるし、方法的には違いを持った存在でもある。この二人の蝶番のような役割が、「千樫」ということになるだろうか。したがって、物語が古義人と吾良の原点ともいえる「アレ」について語り終えた後に、重要な役割を担うのは「千樫」なのだ。
この物語において、小説と映画の対立はフィクションと事実の対立とも言えるのかもしれない。もちろん、フィクションと事実の対立は、この小説が注目された要因でもあるし、また大江文学の一つの特徴をなしている。古義人と吾良の「対話」は、フィクションと事実との対話でもあり、この対話が大江文学そのものとなる。

取り替え子 (講談社文庫)

取り替え子 (講談社文庫)