成瀬巳喜男『浮雲』

◆『浮雲』監督:成瀬巳喜男/1955年/東宝/124分
原作は林芙美子(ISBN:4101061033)。『浮雲』は、成瀬巳喜男の代表作でありかつ日本映画史においても評価の高い作品。有名な作品だけに、きょう見に行った劇場(シネ・ヌーヴォ)もほぼ満員だった。主演は、高峰秀子森雅之
数年前にビデオかなにかで見たことがあるのだけど、スクリーンで見るのはきょうがはじめてだ。もうすっかりこの映画の細部を忘れていた。久しぶりにこの作品を見て、岡田茉莉子が出演していることを知り、驚く。岡田茉莉子は、伊香保温泉で森雅之と出会い、その後、田舎での生活に飽き飽きして東京に逃げ出してきて、森雅之と同棲し、それが夫である加東大介にばれて、殺されてしまう妻を演じている。
この作品で印象的だったのは階段の映像で、特に伊香保温泉の場面では階段が目立っている。加東と岡田の夫婦の家の入口のすぐ横に急な階段があり、その階段をのぼっていくと温泉にたどり着く。家から戸をガラガラと開けて、一歩外に出ると、画面の真ん中にこの階段が映る。映画で階段が映ると、何かが起こるのではないかと緊張してしまう。成瀬は『めし』でも長屋近くにある小さな階段で、一つのドラマを起こしていた。この伊香保温泉の場面では、この階段を温泉に入るために一緒に上がることによって、森と岡田が親密になり、そのことが森のあるいは高峰の運命を決することになるのだから、この階段がいかに重要なアイテムであるか知れるだろう。そもそも、メロドラマとは階段の劇であることはよく知られたことでもある。
そういうわけで、たとえば冒頭ちかく、仏印から引き上げてきた高峰が森と再会した場面で、仏印時代をフラッシュバックするのだが、高峰が宮殿のような建物でおしゃれな装いで、大きな階段を下りてきて登場するのも印象的だろう。森と高峰にとって戦争中の仏印時代が楽園であり、その楽園性を象徴していたのは、この宮殿のような建物建物であり、その中にある大きな階段であった。南方の楽園にある階段が、立派な階段であったのに対し、日本では、どの階段もみすぼらしいものでしかない。階段の衰退は、森と高峰の恋愛の崩壊と何か対応しているように思える。

浮雲 [DVD]

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