ジャン=ジャック・オリガス『物と眼』

◆ジャン=ジャック・オリガス『物と眼 明治文学論集』岩波書店、2003年9月
ジャン=ジャック・オリガスは、フランスの日本文学研究者。略歴を見ると、もともとはフランスの古典文学とドイツ文学を専攻し、ムージル論で教授資格試験に首席で合格とある。この合格後に一転して日本語・日本文学の研究に向かったという。そのきっかけが、フランスの比較文学者のエチアンブルとの出会いだったと、本書に詳細な解説を寄せている芳賀徹氏が記している。
そういうわけで、オリガスは日本文学のプロパーというより比較文学の方法で日本文学を研究している。その比較文学の方法とは何かと言えば、「explication de texte」(テクストの腑分け)というフランス系の比較文学でのもっともオーソドックスなテキスト分析である。要するに、テキストの一文、一語を厳密に読んでいく手法のことだ。こうした分析方法は、たとえば『ミメーシス』(ISBN:4480081135)のアウエルバッハも行っていて、そのせいかオリガスの論文を読むとすぐにアウエルバッハを思い出してしまう。
オリガスのこうした手法が、もっともあざやかに発揮された論文が、本書の冒頭に置かれ、また本書のタイトルにもなっている「物と眼−若き鴎外の文体について−」という論文だろう。鴎外の「花子」という作品と初期の作品(『舞姫』とか)の文体を、それこそ嘗めるように読むことによって、鴎外の文体の特徴を分析する。そして、そこに時を隔ててもなお受け継がれている鴎外の文体の息づかいを示した。この論文では、鴎外のあるいは作家の「物」を見つめる「眼」と態度が重要視されている。作家が、いかに「物」を見つめ、そして「物」を言葉に写しているのか。文体を通じて、オリガスはそれを明らかにしたのだ。
1964年に発表された論文だが、今読んでも非常に説得力があるし、新鮮な解釈だと思う。

物と眼 明治文学論集

物と眼 明治文学論集