吉田喜重『秋津温泉』
◆『秋津温泉』監督:吉田喜重/1962年/松竹/113分
とても美しい映画。はじめて吉田喜重の作品を見たのだけど、とても良かった。
敗戦間近の時点から物語は始まる。空襲で廃墟となった家に、一人の男がやって来るのが冒頭場面。小津映画のようなローアングルのカメラで映し出されているのだけど、そこには小津の映画では主要な舞台となる「家」がない、というところが吉田監督の並々ならぬ決意、つまりここから映画作りをし始めなければならない、というものを感じた。
この男性(長門裕之)は結核に冒されており、疎開先へ行く途中で苦しくなって秋津温泉へ行く。そこで一人の女(岡田茉莉子)と運命的な出会いをする。ここから、17年にも渡る二人の恋愛が始まるのだ。
男は、病のためにまともに歩くことすらできない。一方、女は非常に健康的だ。それは、女はたいてい「走る」ことによって現わされるだろう。一言でこの映画をまとめるならば、きちんと立てない人間が立てるようになり、その一方でしっかり立つことのできた人間が、立てなくなってしまう物語である、と言える。
女は、男を「死」から「生」へ転換させた。つまり、立つことのできなかった人間を立たせるようにした。だが、男は女を立てなくする。男が「生」へなじむほど、女は「死」へ向かう。そして、女は遂に冒頭の男のように、ふらふらと歩き、そして永遠に立つことができなくなるのだ。そんな女を男は抱きかかえる。物語は、あるいは二人の恋愛は、かつて「走る」女であったものを止めることによって、結末を迎えるのだ。