小津安二郎『秋刀魚の味』
◆『秋刀魚の味』監督:小津安二郎/1962年/松竹大船/カラー/112分
『秋刀魚の味』が大好きだ。何度でも見たくなる映画なのだ。何が魅力なのだろうか、そのことを考えながら見ていたのだけど、まずシナリオがよくできている。各シークエンスの繋がりがじつにスムーズなのだ。全然淀みなく物語が進行するので、あっという間に終ってしまったなあという印象を受ける。もっと見続けていたいと思うのだ。
それと岩下志麻の魅力も大きい。岡田茉莉子も相変わらず良いが、岩下志麻の立ち居振る舞いに惹きつけられる。父(笠智衆)が少し酔って帰ってきたとき、「お父さん、またお酒飲んでる」と言い、父が「いや、飲んでないよ」と答える。そしてこの時、岩下志麻が「ほんとかな」と言うのだ。この「ほんとかな」という言い方というかアクセントがすごく私は好きで、この箇所だけでも繰り返しみたいと思うぐらいだ。
若い女性の言葉の語尾に「〜かな」と付けるのは、『宗方姉妹』の時の高峰秀子もやっていた。高峰秀子のほうは、とにかく元気の良さを感じさせるものだったけど、岩下志麻のほうには、どちらかというとかわいらしさが出ていて良い。
それから、密かに思いを寄せていた兄(佐田啓二)の同僚に結婚相手がいることを父と兄から聞く時の岩下志麻も良い。この場面は、岩下志麻の目の動きが中心となるのだけど、父を見て兄を見て、そして俯く。父と兄が、なんたらかんたらと言い訳をして謝っている間、下を見て俯いているが、しばらくしてキッと顔を上げ「いいの、後で後悔したくなかっただけだから」と言う時に笑顔が出る。
小津映画での笑顔といえば、原節子なわけだが、われわれはいつも女性たちの笑顔に騙されるのだ。原節子の笑顔の裏には、「良い人だ」という言葉に「とんでもない」と声を上げる顔が隠されていたわけだし、岩下志麻の笑顔は失恋の悲しみが隠れている。
ほんとに小津の映画は良かった。またどこかで特集上映をやらないかなあ。もっともっとたくさん小津の映画を見たい。