吉田喜重『水で書かれた物語』

◆『水で書かれた物語』監督:吉田喜重/1965年/中日映画社/120分
非常に官能的な作品。吉田喜重の映画で、岡田茉莉子は日傘を持つ女として記憶されている。鏡や水と並んで、岡田茉莉子の持つ日傘は吉田映画ならではの記号であることはよく指摘されることだ。そうした特別な記号である日傘が、全面的に登場したのが、この『水で書かれた物語』であろう。
物語は、美しい母と息子の危うい関係を描いている。母親の役を岡田茉莉子が演じているのだが、何が一番魅力的かといえば、背中を映したショットの時に現れる真っ白いうなじであろう。衣装とうなじについては、吉田喜重特集のパンフレットに掲載されている映画評に詳しく述べられていた。母子相姦というある意味神話的な侵犯行為を匂わせる物語に説得力を持たせていたのは、なにはともあれ岡田茉莉子のうなじなのではないかと思う。
本作でも「水」が多く登場している。ラストの湖の場面が、どうしても気になってしまう。ここで、湖岸のボート乗り場を写しているショットが現れるが、私はこれと似たようなショットを見る度に、ドキドキしてしまう。たとえば、湖のボート乗り場という場面は、『樹氷のよろめき』の冒頭でも登場している。さらに吉田喜重から離れてみると、私にとってボート乗り場という場面は、小津の『父ありき』の場面が非常に強く記憶に残っているのだ。映画において、湖のボート乗り場が登場すると、必ずそれは「死」という取り返しのつかない出来事が起きてしまうのだ。だから、この場面が登場するたびに、私はドキドキしてしまう。
このように本作品には、日傘、うなじ、水と極めて吉田喜重らしい記号がふんだんに現れている。