最後まですばらしい

◆『秋刀魚の味』監督:小津安二郎/1962年/松竹大船/カラー/サウンド版/112分
小津の遺作となった映画。これまでの小津映画を凝縮したような作品で、あちこちに以前の作品と似たような場面、セリフが現れる。それがいったいどの作品の、誰がやっていたものだったのか、なんていうことを考えながら見てしまう。
たとえば、笠智衆演じる平山の中学時代の先生が、娘と二人暮らしで、わびしいラーメン屋をやっていたということが分る。この娘役が杉村春子で、父の世話で結婚をしそびれてしまったというなんとも悲哀に満ちた設定。おそらく戦争も影響しているのだろう。
で、平山とその友人が同窓会を開き、この先生を招待する。その夜、先生はひどく酔っぱらい、泥酔状態で平山たちに送られて帰宅する。そして、娘の杉村春子が泥酔状態の父を見て非常に困惑した表情を見せるのだけど、この場面などは、『東京物語』で父の笠智衆がやはり泥酔して深夜に帰宅して、杉村春子に「やんなっちゃうなあ」と言われる場面に似ている。だけど、『秋刀魚の味』では、泥酔して眠りこけてしまう父のそばで、娘の杉村春子が泣くのだ。この場面は、ちょっと涙なくして見られない。この杉村春子の涙には、複雑な要因が絡まり合っていて、それは容易に解きほぐせない。
教え子達は立派な社会的地位にあるのに、この元教師の父は、今や場末でしがないラーメン屋をしてその日をなんとか過ごしてる。そんな父を世話して、嫁に行くことが出来なかった自分。かといって、今更父を責めることも出来ず、まして見捨てることもできない自分がいる。『東京物語』の時とは違って、かなり感情を抑制し、淡々と演技をしていただけに、突然泣きはじめる杉村春子の演技に感情移入してしまう。
ほかには、笠智衆が、娘(岩下志麻)の結婚式の夜、友人達と飲みながら、若い嫁と結婚した友人に向かって、「不潔だよ」なんて言うのは、おそらく『晩春』の原節子の反復だ。こういう細部にまで手を加えている小津の巧みさに、感動というか関心した。
それにしても、この映画の岩下志麻はきれいだ。感動的に美しいと思ったのだけど、しかし、一番印象的なシーンは、ほのかに恋心を寄せていた兄の同僚が、実はもうすぐ結婚してしまうことが分った時の場面。父と兄にそのことを告げられ、二人の前では、なんでもないような様子を見せていたのだが、自分の部屋で一人になって泣いてしまう。この様子を知った父が、やさしい声を掛けてその場を立ち去ったところに注目。岩下志麻は、こちらの背を向けて椅子に座っている姿をカメラは映しだすが、その時一瞬、岩下志麻が自分のうなじの辺りから束ねてある後ろ髪のあたりを手で触れるわけだ。この身振りを見たとき、グッときた。で、その後カメラは岩下志麻の正面に回り、その表情を映すのだけど、この一瞬の手の動きが忘れられない。何の意味があるのかまったく分らないし、特に解釈のしようもないが、その手の動きを見れたことが良かったなあと思う。