ジェームズ・マンゴールド『ウォーク・ザ・ライン』

◆『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』監督:ジェームズ・マンゴールド/2005年/アメリカ/136分
プレスリーと同時代のミュージシャンであるジョニー・キャッシュの半生を描いた物語。物語はアメリカ映画の典型とも言えるもので、すなわち主人公がいかにしてトラウマを克服するかが主題となっている。この物語の形式は、たとえば去年見た映画で、やはりミュージシャンの半生を描いた『Ray』とまったく同じである。つまり、子どもの時に兄弟を失い→それが深い傷として残り→やがてミュージシャンとして成功するが→薬物中毒になり挫折→愛する人の助けによって克服→ついでにトラウマも克服→ハッピーエンドとなる物語だ。しかし、映画の出来そのものは『Ray』のほうが圧倒的に良い。
おそらく、ジョニー・キャッシュがひたすら愛を求め続けた相手のジューン・カーターをクローズアップしたほうが、よりドラマチックな物語になったのではないかと感じる。彼女は、キャッシュと最終的に結ばれるまで、何度か結婚に失敗し、しかも娘を育てながら芸能活動をしていた。離婚のために、世間から冷たい目で見られることもあったのだ。それでも力強く生きていくジューンのほうが、薬物に逃げたキャッシュよりも共感できる。対照的に、主人公のキャッシュは気が小さく、劣等感を持った弱い人物として描かれている。
その原因は、もちろん兄を事故で失ったことにある。兄を喪失したキャッシュは、そのことによって父と直接対峙することになり、父の強力な抑圧をまともに受けてしまうのだ。兄は、キャッシュを父の抑圧から保護する役割を果たしていたといえる。だから、キャッシュは絶えず兄を求めることになる。見方によっては、彼がジューンを求め続けたのは、ほかでもない、ジューンが兄の代理であったからだと言えるだろう。
これは、映像的にもあきらかで、薬物中毒で仕事を干され、ジューンにも愛想を尽かされた彼が、雨の中を歩き続け、気を失って倒れる場面があるが、そのとき彼は電気のこぎりの音で眼が覚める。そして、湖畔にある家を見つけ、その家を購入することになる。のこぎりと湖畔と釣りという主題は、兄の記憶に繋がっているのはあきらかである。そもそもジューンも釣りが趣味であった。
結局、彼がジューンを求め続けたのは、ほかでもない兄との一体化を望んでいたからなのだ。そして、ジューンと結婚することによって、キャッシュは兄との一体化を果たすのである。そのことは同時に、キャッシュが父の抑圧から解放されることを意味する。映画の最後で、それまで父に脅えていたキャッシュが父親と対等に話をするのは、この映画にとって象徴的な場面であるといえよう。