保坂和志『世界を肯定する哲学』

保坂和志『世界を肯定する哲学』ちくま新書、2001年2月
ちょうど野矢氏の本を読み終えたばかりなので、『世界を肯定する哲学』の内容が『ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』を読む』で展開された野矢氏の論と重なる。とりわけ二人の思想が重なるのは、言語と身体の関係についてである。ふたりとも、言語あるいは思考には身体を欠くことできないと述べる。野矢氏は、『論理哲学論考』に対し二点の修正・追加する必要があるとして、「第一に、指示ということの基礎には自然な身体反応のレベルがあるということ。第二に、名の指示対象は見本として、それ自身言語的な身分をすでに有しているということ」を挙げている。特に第一の点は、『論理哲学論考』を根本的に見直させる観点であるという。
一方、保坂もまた言語は身体反応に大きく左右されていることを語る。それは、「視覚」に対する保坂のこだわりに見いだせるだろう。「視覚」は本書にかぎらず、他の著作でも保坂がよく取り上げるテーマである。
最終的に保坂は、「言語は人間と同時に生まれたのではなくて、人間の肉体が言語に先行して存在した」(p.219)と述べるに至る。「人間の肉体が言語に微差で先行していること」(p.219)に注意をうながす。世界は思考の結果、存在するわけではない。保坂は言う、「私が生まれる前から世界はあり、私が死んだ後も世界はありつづける」(p.232)。そして、このことを実感するために、小説を書き続けるという。

世界を肯定する哲学 (ちくま新書)

世界を肯定する哲学 (ちくま新書)