成瀬巳喜男『おかあさん』

◆『おかあさん』監督:成瀬巳喜男/1952年/新東宝/98分
この映画は傑作だ。田中絹代がおかあさん役で、その娘役を香川京子が演じている。この家族は、まず長男を病気で亡くし、つぎにクリーニング屋をしていた父親も病気で亡くなってしまう。おかあさんの田中絹代は、こういうわけで、女手一つでクリーニング屋と家族を支えなければならなくなる。貧しいながらも、家族でがんばって生きていく。
成瀬は、ときどき思いがけないことをして笑いを取ることがあるのだが、この映画でもとんでもない仕掛けをしている。
物語の中盤のことだ。父親が亡くなった後、娘の香川京子クリーニング屋を手伝い始める。そんな時、おばさんがやってきてみんなで映画に行こうかなどと話している。そんななか、仕事に慣れない娘は失敗ばかりをしてしまい、責任を感じて落ち込んでしまう。と、その時突然「終」の文字が画面に出て来る。一瞬、「あ、これで映画は終りか、いやにあっけないな」と思う。すると、画面は映画館内へと切り替わり、それは家族で映画を見ていた場面であって、「終」の文字は一家が見ていた映画だったことが分かる。つまり、劇中に挿入された映画の画面であったのだが、「終」の画面があまりにも自然に挿入されているので、一瞬ほんとうに映画が終わってしまったのかと勘違いしてしまった、というわけだ。
成瀬のカットは小津と同様に短いカットで繋がっていると言われる。しかし、小津とちがってカットとカットの接続がなめらかなので、切れ目を意識せずに映画を見てしまうという特徴がある。この場面における観客のだまし討ちも、成瀬のこのような特徴がもたらしたサプライズであった。あらためて成瀬のテクニックに脱帽した。