成瀬巳喜男『驟雨』

◆『驟雨』監督:成瀬巳喜男/1956年/東宝/91分
原節子が出演している。原節子ファンとしては、見逃せない重要な作品。原節子佐野周二が夫婦役をしている。倦怠期に入った夫婦だ。ここに、新婚旅行から帰ったばかりの姪(香川京子)がやってくるところから、物語がはじまる。この冒頭場面で、香川京子はいかに結婚した夫がひどい男なのかを、原節子に切々と訴える。この場面が非常にユーモラスでよい。途中で、夫の佐野周二が帰ってくる。すると、原節子は、姪の不満を夫に伝えるふりをして、自分自身の夫への不満をぶつける。姪→妻という形で、夫あるいは男の不満が転移し、その不満が転移の過程で膨張していく。このへんの会話のやりとりが、すごくうまい。
これをきっかけに、夫婦とは何だろう、夫婦の幸福とは何だろうという、『めし』以来のテーマが展開されていく。成瀬らしく、物語は何も解決を示さないわけで、現実問題は残されたままで映画は終わる。だが、成瀬映画のラストシーンは、これまで何度か驚かされてきたが、この映画のラストシーンも強く印象に残るものだった。そのシーンは、喧嘩をしていた夫婦が、紙風船を打ち合う場面だ。夫が紙風船をよろよろしながら妻に向かって打つ。妻は、夫とはちがって、力強く紙風船を夫に打ち返す。妻は夫に「しっかり」というような言葉をかける。そうやって、ただひたすら紙風船を打ち合っているのだ。この場面をじっと見ていると、不思議な気持になっていく。これで良かったのだなあと、妙に納得してしまうのだ。『はたらく一家』の時の、でんぐり返しにも、妙な説得力を感じたのだが、これが成瀬マジックなのだろうか。