『成瀬巳喜男の世界へ』

蓮實重彦山根貞男編『成瀬巳喜男の世界へ』筑摩書房、2005年6月
本書は、1998年のサン・セバスチャン映画祭の成瀬特集で作られたカタログをもとに、新たな論考を加えたもの。三部に分かれていて、第一部が批評家による成瀬の論考で、第二部は岡田茉莉子、成瀬組の玉井正夫カメラマン、美術の中古智への各インタビューとなり、第三部は世界の映画監督が見た成瀬巳喜男というわけで、ダニエル・シュミットジャン=ピエール・リモザンエドワード・ヤン吉田喜重たちがエッセイを書いている。本書の構成はなかなか良いものだったと思う。
第一部の各論考も、これまでの「成瀬巳喜男」像を打破しようという意気込みが感じられる力作ばかり。なるほどと思う指摘がいくつもある。しかし、まだまだもの足りないなと感じる。理想を言えば、蓮實重彦の『監督小津安二郎』のような論考が読みたいのだ。成瀬には、まだ『監督小津安二郎』のような論文がないということが、不幸な事態であると思う。蓮實重彦が、序章で「ここには、何ら結論めいたものは含まれておらず、成瀬巳喜男を来るべき未来の映画作家として輝かせるためのささやかな試みが始まったというにすぎない。実際、映画作家としての成瀬巳喜男については、まだほんのわずかなことしか語られていないからである。(p.20)」と記しているが、この言葉は謙遜でも何でもなく、文字通りに受けとるべきなのだなと思う。人々は、ようやく成瀬について語るきっかけを掴んだところなのだろう。今回の生誕100年を機会に、『監督小津安二郎』に匹敵する成瀬巳喜男論を誰かが書いてくれたらいいなと願う。

成瀬巳喜男の世界へ リュミエール叢書36

成瀬巳喜男の世界へ リュミエール叢書36