三島由紀夫「複雑な彼」

三島由紀夫「複雑な彼」(『決定版三島由紀夫全集12』新潮社、2001年11月)
「複雑な彼」は、昭和41年(1966)の1月から7月まで『女性セブン』で連載。お嬢さまの「冴子」と謎めいた過去を持つ「複雑な彼」である「譲二」の恋愛物語。譲二は「自由」であることを望む男であり、束縛を嫌って日本はもとより、世界中を放浪しては、各地で女性と関係を持つというコスモポリタン
この小説を読んだ田宮二郎が「この役をやれるのは日本中で俺一人だ」と言ったそうで、その言葉がきっかけとなり大映で映画化されることになったという。連載第一回目に「大映・映画化決定」と銘打たれた「複雑な彼」は、昭和41年6月に島耕二監督によって映画が作られている。
その後、『女性セブン』には「私は"複雑な彼"のモデルだった! ボクの青春は恋と反抗と冒険の連続だった――と語る安部直也氏(29歳)のドラマチックな半生」(初出:『女性セブン』昭和41年7月27日号)という記事が出て、「複雑な彼」のモデルが紹介されている。
三島によると、「複雑な彼」は「ある友人からきいた話をもとにして書いたもの」であり、三島自身も外遊体験があるので、「自分の知つてゐる土地を、この奔放な主人公に、自由自在に飛び廻らせてみたかたつた」(「大映映画『複雑な彼』――原作者登場」(初出:『小説現代』昭和41年8月)、引用:『決定版三島由紀夫全集12』p.570)とのこと。
ということで、三島は友人から聞いた話と自分自身の旅行経験をもとに、この「複雑な彼」という小説を創作したようだ。主人公のモデルという「安部直也」氏は、のちに作家となる安部譲二のことだ。安部譲二は「正しく私は、この三島由紀夫先生の「複雑な彼」のモデルでした」と文庫版の解説で書いている。

 この「複雑な彼」は、私の二十七歳までの半世記で、背中に彫物が……等の細部を除けば、なんとも私が生きて来た事実そのままです。(引用:『決定版三島由紀夫全集12』p.570-571)

安部譲二は、昭和28年頃に三島とゲイバーで知り合いになったという。こうした背景は、小説そのものよりも興味深い。

決定版 三島由紀夫全集〈12〉長編小説(12)

決定版 三島由紀夫全集〈12〉長編小説(12)