三島由紀夫「恋の都」

三島由紀夫「恋の都」(『決定版三島由紀夫全集4』新潮社、2001年3月、所収)
間諜物と言って良いのか。戦時中に右翼であった青年が、戦後の混乱でアメリカの特務機関で働くことになった「五郎」。戦時中、この五郎と出会い恋に落ちた女性「まゆみ」。まゆみは、戦後になってジャズ・バンドの敏腕マネージャーとして活躍する。
物語はまゆみとジャズ・バンドの活躍を語るのがメインであるが、ある時まゆみのもとに「白檀の扇」が届けられたことから急展開を見せる。五郎は、敗戦のために、右翼団体の人たちと一緒に自決したことになっていた。まゆみも五郎が自決したと信じて、それ以来恋愛をせずにやってきた。だが、実は五郎が生きていた!。物語の冒頭で語られた「白檀の扇」は、五郎の生存を示すものだったのだ。五郎とまゆみは再会する。そして、五郎はまゆみに結婚を申し込む。まゆみはその申し出に悩むのだが、果たしてその答えは――。
ジャズ・バンドのバックステージ物という物語も面白いし、右翼の青年が敗戦後にアメリカのスパイになっていたという物語も面白い。三島は「作者の言葉」として次のように書いた。

私は第二の上海といはれ、東京租界といはれ、植民地都市といはれる、東京といふヌエのやうな都会の、そのいちばん国際的な雰囲気のなかに生活する人たちの物語を書きたいと思ふ。(p.666)

東京を「ヌエ」のようだと述べているのが興味深い。近代と前近代、東洋と西洋が入り交じった東京を「ヌエ」的な都市として描き出そうという試み。通俗小説であるがゆえに、この試みはうまくいっていると思う。

決定版 三島由紀夫全集〈4〉長編小説(4)

決定版 三島由紀夫全集〈4〉長編小説(4)