三島由紀夫「幸福号出帆」

三島由紀夫「幸福号出帆」(『決定版三島由紀夫全集5』新潮社、2001年4月)
この作品は、昭和30年の6月から11月にかけて『読売新聞』で連載されている。物語では、大がかりな「密輸」が見せ場となっているのだが、なんでも当時、密輸事件がけっこう起きていたらしい。実際の事件がモデルになっているわけではないのだろうが、同時代の出来事を巧みに作品中に活かす三島の方法が、この作品でも生きている。
この作品もエンターテイメントとして上出来な作品で、密輸という「犯罪」と登場人物たちの「恋愛」の物語は、映画にしやすいだろうと思っていたら、どうやら昭和55年に斎藤耕一監督によって映画化されていた。
三津子と敏夫の兄妹は、三島の好きな「兄妹愛」のテーマを担っている。三島は、「熱帯樹」でも兄妹愛を描くのだが、兄妹の間の恋愛という形に理想的な恋愛像を見ていたのだろう。とはいえ、この「幸福号出帆」において、三津子と敏夫は本当の兄妹ではなかった。ただ二人だけが、自分たちは兄妹であると信じていた。三津子の産みの親であり、敏夫の育ての親である「正代」は、最後にこんなことを言っている。

「もし二人が、お互ひに男と女として愛し合つてよいことに気がついたら、それで幸福になつたとも限りませんもの。兄妹愛、美しい清らかな愛、永久に終りのない愛」(p.725)

兄妹であると思いこんでいるがために、実現される理想的な永遠の恋愛が完成する。

決定版 三島由紀夫全集〈5〉長編小説(5)

決定版 三島由紀夫全集〈5〉長編小説(5)