星野智幸『ロンリー・ハーツ・キラー』

星野智幸『ロンリー・ハーツ・キラー』中央公論新社、2004年1月
この作品はなかなか良かった。これまでは、星野智幸の小説をあまり面白いものではないと思っていたが、この小説は別だ。作者自身が言うように、この小説は三島由紀夫を意識して書かれたものであるからかもしれない。
「オカミ」という天皇のような人物が亡くなり、ひきこもりの状態になる人々が現れた。「井上」は、自分は社会に参加して生きている感じがないという若者だ。彼が、友人の「いろは」の恋人の「ミコト」と出会い、二人は心中してしまう。その際、井上が自分のサイトに残した文章がきっかけとなり、街には「無差別心中」なるものが多発する。いつ誰に殺されるか分からないという不安が人々に間に広まる。やがてその不安から、自分自身は自分で守らなければならないという気運が高まり、「無差別正当防衛」(やられる前にやれ、ということか)も起こり始める。――
物語は、ここ20年ほどの日本の社会状況、政治状況をデフォルメしたような内容であるが、そのぶんだけ問題がよく見えるようになったと思う。要するに、大きな物語を喪失した人々が、いかにしてアイデンティティを確保するか、他人との関係をいかにして構築するのかが問われているのだろう。あるいは「信頼」をいかにして成り立たせるのか、これが問題となるのではないか。
あるとき、登場人物のひとりである「モクレン」が「私は殺しません」という意見広告を新聞に出すのだが、もちろんこの宣言には何の根拠もない。だが、それでもこの言葉を信じなければならないのだ。
それまで自明であったものが、根拠を失い、疑われるようなる。このように底が抜けた状況で、「信用する」ことが可能なのか。「信用する」とはどういうことなのか。

ロンリー・ハーツ・キラー

ロンリー・ハーツ・キラー