保坂和志『プレーンソング』

保坂和志『プレーンソング』中公文庫、2000年5月
なかなか面白い小説だ。四方田犬彦は解説のなかで、「曖昧さ、形のなさ、偶然」をこの小説の一貫した主題であると述べていたことは注目に値する。特に私は、この小説の「曖昧さ」という主題に興味を持った。
たとえば、ラストで海岸に行く場面を思い出してみよう。ここでは、数ページにわたって、ただ会話だけが描かれている。誰が、どの発言をしているのかが曖昧になっている。よく読んでみれば、どの発言が誰の発言なのか分かるのかもしれないが、さらっと読んだだけでは、会話の主体を特定するのが難しい。要するに、ここではただ会話をしている状況だけを、そのまま提示しようとしているのだ。この場面によって、物語に何か重大な展開が起きるわけでもない。ある人物に変化が起きるわけでもない。むしろ、そのような物語化を徹底的に回避する。「ただ、そこにあった」という状況のみを語ろうとする語り手が、ここにいる。この語りの手法は、非常に興味深い。

プレーンソング (中公文庫)

プレーンソング (中公文庫)