星野智幸『アルカロイド・ラヴァーズ』

星野智幸アルカロイド・ラヴァーズ』新潮社、2005年1月
星野作品に特徴的である「植物」が主題となっている。また作者自身の言葉によれば、この作品は「家族」も主題となっている。まとめてしまえば、「植物」的な「家族」を描いた物語とでも言えるのだろうか。

 現実の世界では、人は家・家族を単位としている。だから、家・家族というまとまりに入っていない人たちは、人としてまともではない生き方をしている、と見なされる。けれど、家・家族からこぼれ落ちている人は、先進国社会ではものすごく増えている。家・家族という概念だけでまとまることは破綻している。(『文藝』2006年春号、p.19)

「家族」という主題も、デビュー以来、星野作品ではおなじみのものである。家や家族という概念が破綻しているのではという認識から、たとえば『毒身温泉』に見られるように、それらの単位に変わるものを模索する人たちがしばしば描かれる。つまり、従来の「家」や「家族」に代わる、オルタナティヴな関係性を描くことが、星野作品の一つのテーマとなっていると思う。
本作では、失楽園のように「楽園」を追放された「咲子」が、「ただのコピー」にしか見えない「戸籍謄本」を見て、「まるで自分がこの世に拉致され、身分を偽造されているような気にな」り、「これが追放という罰なのだ、この屈辱が失楽園で生きるという意味なのだ」(p.31)というように感じている。虚構の一つでしかない家族という単位が、あたかも権威となって自分の存在を規定してしまう。この枠のなかでしか生きられないことを、咲子は楽園を追放された「罰」だと考えるのだ。このような咲子が、メキシコのドローレス・オルメド美術館で出会った「ユキ」(この物語の語り手「わたし」である)をパトロンとして、戸籍謄本を取る際に出会った「陽一」と奇妙な関係を築いていく。

アルカロイド・ラヴァーズ

アルカロイド・ラヴァーズ