仲正昌樹『松本清張現実と虚構』

仲正昌樹松本清張現実と虚構 あなたは清張の意図にどこまで気づいているか』ビジネス社、2006年2月
仲正氏の文芸評論ということで期待して読む。著者は「まえがき」のなかで、清張の作品を趣味の対象であると同時に文学的・思想史的な研究の対象としてきたといい、「私にとって、「趣味」的関心と「研究」的関心がこれほどみごとに重なる著作家は他にいない」(p.2)と清張作品とは幸福な関係にあることを述べている。こういう対象を持っているのはうらやましいと思う。
とはいえ、著者は清張論を書くにあたって、分析の対象と冷静な距離の取り方をしている。つまり「偉大なる「清張さん」を、「人間を見る達人」として偉人扱いするような態度には、抵抗を感じる」(p.10)というのだ。そして、清張の作品を生産的に評価しようとするなら「「彼の人間観察がすぐれている」ことを最初から金科玉条のような大前提にしてしまうのではなく、まず、「『彼の人間観察がすぐれている』と、読者の目に映るのは何故か」という問いを立ててみる必要がある」と主張する。これは、まったくその通りだと思う。たしかに研究は「褒め殺し」で終わっていては物足りない。しかしながら、この問いは解き明かすのがかなり難しいのではないかなとも感じる。いざ論じようとすると一筋縄ではいかないだろう。
本書は、清張の歴史観、旅、メディア、間テクスト性といった観点からテクストが分析されている。このなかでも、特に歴史観を分析した箇所は充実した論になっており、非常に面白い内容だった。