青山真治『死の谷'95』

青山真治死の谷'95』講談社、2005年11月
「次郎」という名前が登場したあとに、彼の兄の名前は「一郎」であることが語られる。そして、漱石の『行人』が当然のように想起される展開。もうこの冒頭部分だけを読んだだけで、漱石ファンとしては、この後小説がどんな展開にするのか、つまり「漱石」がどのように反復されるのかということが非常に気になってしまう。そのためか、読んでいる途中で、ついつい「漱石的なもの」を探してしまうのだが、そのことは小説(テクスト)を読むという点においてプラスにもなるし、マイナスにもなる諸刃の剣だなと思う。なまじっか「漱石的なるもの」を知っているだけに、余計なことを考えてしまった。というか明らかに読者をテマティックな読みに誘うように、至る所に意味深な「モノ」を配置するのは、うーん…。ともかく、この試みが良いか悪いかということは別にして、いろいろな読み込みを誘う物語であると思う。
この小説は、先ほども述べたように漱石の『行人』が参照されているわけだが、ほかにも『彼岸過迄』と『こころ』は少なくとも入っていると思う。つまり、いわゆる漱石の後期三部作を下敷きにしているのだろう。このことを指摘しても、この小説を読んだことにはならないと思うのだが、とりあえず確認しておく。「漱石」に関して言えば、この小説は漱石の小説を「女」の側から読み直してみた試みと言えるだろうか。しかし、読了直後の感想としては「微妙」の一言だ。すごく面白い小説だと感じる一方で、この試みはいかがなものかという思いもある。評価がすごく難しい。

死の谷’95

死の谷’95