三島由紀夫「につぽん製」

三島由紀夫「につぽん製」(『決定版三島由紀夫全集4』新潮社、2001年3月、所収)
これはかなり面白い小説。パリで勉強をして帰国した新進のファッション・デザイナーの「美子」と、柔道家の「正」の恋愛物語。正は絵に描いたような実直な青年。一方美子はパトロンがいたり、元恋人に付きまとわれていたりと派手な交際をしている。そんな美子に、純真で素朴な正が一目惚れをする。この手の物語によくあるように、美子は正のことをはじめは真面目に考えていなかったが、やがて正の素朴さに感化され、正を愛するようになる。
これで二人が結びつけば、ハッピーエンドで終わる凡庸な物語になるのだが、さすがに三島はそう簡単に物語を終わらせない。読者を意識した結末を用意している。美子のパトロンが胃の病で緊急入院する。手術は成功したが、どうも様態が芳しくない。美子とパトロンの男性は長く曖昧な関係にあったが、これを期に正式に結婚しようと男は言う。美子は正を愛しているが、一方で長く世話になってきたパトロンにも好意を抱いており結婚してもよいと思っている。そこで、その判断を正に委ねることにする。それが一番最後にエピローグの章の場面である。さて、ここで正はどうするか。正の返事はこうだった。

「はい、僕待つてゐます」(p.221)

つまり、美子とパトロンの男性が結婚することを認め、自分は一旦身を引き、いつになるか分からないが、美子が正と結婚できるような状態になるまで待つというのだ。この正の答えに、美子がどう反応したのかについて、作者は読者の想像に任せると言う。解釈をオープンにするという憎い試みを、ここで三島はやっている。美子は正の「はい、僕待つてゐます」という言葉を、はたしてどのように受けとめたのだろうか。

決定版 三島由紀夫全集〈4〉長編小説(4)

決定版 三島由紀夫全集〈4〉長編小説(4)