三島由紀夫「夜会服」

三島由紀夫「夜会服」(『決定版三島由紀夫全集11』新潮社、2001年10月)
これは、昭和41(1966)年9月から翌42年8月まで『マドモアゼル』で連載された。これも女性雑誌に書かれた物なのだろうか。「お嬢さん」にしろ「夜会服」にしろ、当時の女性の読者に向けて書かれたのだろう。「夜会服」では、有閑マダムの豪華な衣装が描写されたり、新婚旅行でハワイに行くなど、当時だったらけっこう夢のような生活が描かれいたのではないだろうか。
戦後の海外旅行の歴史をちょっと調べてみると、海外への観光旅行が解禁されたのが、昭和39年(1964)4月1日。4月8日には羽田からハワイへの団体観光客第一陣が出発したとのこと。その後、1970年を境に日本人の海外旅行が急激に増えていくという。三島のことだから、当時の時代の状況を巧みに取り込んだことだろう。
物語は、絢子(あやこ)と俊男というカップルに、俊男の母であり絢子にとっては姑になる滝川夫人の3人の関係を描く。滝川夫人の父は、財閥の大番頭だったということで裕福な家で育ち、一生彼女がぜいたくできる財産を残した。滝川夫人の夫は、各国の大使をつとめたあと亡くなっている。したがって、絢子と出会った頃、俊男と母の二人で暮していた。だが、俊男は母の滝川夫人のことをあまりよく思っていない。母親の世界から抜け出して独立したいと思っている。
そのような状況で、俊男と絢子の結婚生活がはじまる。絢子は俊男と滝川夫人との間に挟まって苦労する。滝川夫人は、絢子と俊男の結婚生活を邪魔しようとする。そして、夫人の開いた宮様を迎えたパーティーを、絢子と俊男がすっぽかしたことで、滝川夫人は激怒。二人に離婚するように命令する。しかし、ここは俊男と絢子がうまく立ち回り、見事に関係は修復してハッピーエンドとなる。嫁と姑、母と息子という関係を描いている。
結局、滝川夫人が二人の生活を邪魔した原因は「さびしさ」であった。女のさびしさを描いた物語となる。「あなたは女がたつた一人でコーヒーを呑む時の味を知つてゐて?」(p.610)「それはね、自分を助けてくれる人はもう誰もゐない、何とか一人で生きて行かなければならない、といふ味なのよ。」(p.611)「黒い、甘い、味はひ、何だかムウーッとする、それでゐて香ばしい味。しつこい、諦めの悪い味。」(p.611)
なかなか洒落た言い方だなと思う。最後に夫人は、絢子に心境を吐露する。

さびしさ、といふのはね、絢子さん、今日急にここへ顔を出すといふものではないのよ。ずうーつと前から用意されてゐる、きつと潜伏期の大そう長い、癌みたいな病気なんだわ。(p.611)

その通りなのかもしれないと納得してしまう言葉だ。

決定版 三島由紀夫全集〈11〉長編小説(11)

決定版 三島由紀夫全集〈11〉長編小説(11)