三島由紀夫『盗賊』

三島由紀夫『盗賊』新潮文庫、1954年4月
主人公は、藤村明秀という青年。この青年は、「自己韜晦的性格」を有している。この自己韜晦が、思わぬ「恋愛悲劇」を生み出す物語であると、物語の冒頭で語られている。

 極端に自分の感情を秘密にしたがる性格の持主は、一見どこまでも傷つかぬ第三者として身を全うすることができるかとみえる。ところがこういう人物の心の中にこそ、現代の綺譚と神秘が住み、思いがけない古風な悲劇へとそれらが彼を連れ込むのである。(p.7)

こうした設定は、「浪漫的悲劇」に対するものだ。「悲恋に傷つく勇者」「人妻に恋して身を誤まり獄舎の露と消えた熱血漢」は、その「直情径行」のために、今では「凡庸な成功者」「長寿を楽しむ幸福者」に過ぎないと語り手は述べる。
この冒頭の箇所が、この小説の主題をそのままズバリと述べてしまっている。あとは、その確認という感じで、この小説はあまり面白いものではない。

盗賊 (新潮文庫)

盗賊 (新潮文庫)