谷崎潤一郎『卍』

谷崎潤一郎『卍』新潮文庫、1998年1月
谷崎らしい小説。「美」に盲目的に崇拝して、その「美」に翻弄され、虐げられていく人々を描く。
園子には夫がいる。園子は絵の学校に通っているうちに、光子と知り合い、深い関係になり、光子の美しさに園子は翻弄されていく。園子には、婚約者だという男もいて、園子を巡っていろいろな事件が起きる。その顛末を「先生」に園子が語る。園子が語ったことを、どうやら「先生」が書き記したものが、この小説になっている。園子の語りを、さらに「先生」が報告するという二重の構造になっている。
それにしても、この小説がすごいと思ったのは、語れば語るほど真相が分からなくなっていく点だ。園子をはじめとして、周囲の人々をその美しさで翻弄する「光子」は、一体何を考えているのだろう?何が目的なのだろう?。園子が言うように、ただひたすら崇拝されていたいだけなのだろうか。物語が進むほど、光子という存在が分からなくなっていく。この語りの方法は、驚くべきものだ。これほど巧みな語りは、現代小説にはないのではないか。いくら現代小説が近代小説の「かったるさ」に対して、様々な方法を駆使しているといっても、谷崎の小説には全然及ばないと思う。現代小説は、まだまだ谷崎を超えてはいない。

卍(まんじ) (新潮文庫)

卍(まんじ) (新潮文庫)