成瀬巳喜男『女の中にいる他人』

◆『女の中の他人』監督:成瀬巳喜男/1966年/東宝/106分
小林桂樹新珠三千代が夫婦役。この夫婦の友人役に三橋達也。原作は、エドワード・アタイヤという人だという。どうやら原作はミステリーものらしいが、この映画は、犯人捜しには重点がなく、一つの殺人事件をきっかけに生じた夫婦の心理の葛藤を描く心理劇に仕上がっている。
殺人を犯した夫(小林桂樹)は、自首するかどうか思い悩む。彼の妻(新珠三千代)は、家族を守るために、夫に事件のことは忘れろと言う。良心の呵責、家族を守る責任との間で夫は苦しむ。夫が、妻に事件の深層を告白する場面がある。その告白の場所がトンネルの中であるというのは、よく考えられているなと思う。トンネルの暗闇=心の闇となっているのだろう。まことにトンネルは、事件を告白する場所にふさわしい。
また、成瀬映画の特徴である階段が、この映画でも有効に機能していたことを確認する。警察に自首することを決心するとき、夫は家の階段を降りている(夫婦は二階で寝ている)。階段を降りる間、「自首をしろ」という心の声が聞こえるのだ。
そして、自首することを妻に告げる。妻は、最後の抵抗を試み、夫に自首をやめるように説得する。だが、夫の決意が固いと見るや、妻はある決意をする。その決意は、今度は二階へ上がる階段の途中(妻の内心の声が聞こえる)で行われるのだ。階段を上り下りする運動が、主人公たちの心理の変化に影響を与えているという点は、成瀬映画にとって重要なところだと思う。