講談社文芸文庫編『戦後短篇小説再発見4』

講談社文芸文庫編『戦後短篇小説再発見4 漂流する家族』講談社文芸文庫、2001年9月
どちらかと言うと、長篇小説のほうが好きなのだが、短篇を毎日読んでいると、短篇ならではの魅力に気が付き、それにはまっていく。第4巻は、「家族」がテーマだ。

  • 安岡章太郎「愛玩」…○、うさぎの運命はいかに。ユーモラスでグロテスクな小説。
  • 久生十蘭「母子像」…○、不思議な話。
  • 幸田文「雛」…◎◎、文句なしに大傑作。
  • 中村真一郎「天使の生活」…△、ちょっと退屈。
  • 庄野潤三「蟹」…△、ラストの童謡を歌う子供たちが良い。
  • 森内俊雄「門を出て」…△、平凡。
  • 尾辻克彦シンメトリック」…◎、傑作。親子の会話が面白い。
  • 黒井千次「隠れ鬼」…◎、かくれんぼと尻取り。幻想的。
  • 津島佑子「黙市」…○、「父親」って何だろう?
  • 干刈あがたプラネタリウム」…○、このへんの小説になると、「父親」の存在が希薄になる。
  • 増田みず子「一人家族」…○、父とか母とか夫もいない。家族はたった一人になってしまうのだ。
  • 伊井直行「ぼくの首くくりのおじさん」…○、不思議な「おじさん」と僕の交流。

幸田文は絶対に読むべき小説だと思う。数日前、大学生の語彙力低下?なんていうニュースが出ていたが、そんな学生には幸田文の美しい文章を読ませれば万事解決するのじゃないか、と思う。

「一冊でも余計に本を積むほうがいいわ」と云う孫へ、祖父は「そうかい」と軽く云った。それきり、雛はなくなってしまった。

結婚し、初めて生れた娘に完璧と言えるようや雛飾りを揃えた。その見事さを父(引用文にある「祖父」つまり露伴のことか)も姑も褒めてくれたのだが、しかし父は、いきなりそんな立派な雛を揃えるものじゃない、どこか欠けているぐらいでちょうどいいのだと、あとで諭した。
その後、娘も成長し、一方でだんだんと雛も古びていく。語り手は、この雛を処分したいと思い始める。時は戦争となり、離婚して実家に戻っていた語り手たちは、疎開することになる。その時の会話が、この引用となる。
この「雛」の最後の一文は、名文と言って良い。「それきり、雛はなくなってしまった。」これは完璧な文章なのでは。もう、ここにはこれしかないと思うような文章をさらりと書き記している。こんな見事な構成を知ったら、ラノベだの評価している現代の評論家がバカに思えてくる。こういう小説を読んでしまった後に、脳天気に「ラノベは素晴らしい文学」だなどと口が裂けても言えやしない、と思う。