中村光夫『日本の近代小説』

中村光夫『日本の近代小説』岩波新書、1954年9月
文学史に興味がある。文学の歴史に興味があるのはもちろんのこと、文学の歴史がどのように語られてきたのかにも興味がある。
本書の「あとがき」を読んでいて面白かったのは、「今日の小説の停滞と混乱は、現代日本人の心理をそのまま反映したものといえます」(p.208)と述べている箇所だ。本書は、基本的に小説は社会の「鏡」として捉えているが、そのことの是非よりも、中村光夫が、「今日の小説」は「停滞と混乱」しているとみなしている点に私は興味が引かれる。1954年の時点でも、すでに小説は「停滞」していたのかと。
以前、川西政明の『小説の終焉』を読んだ。そこでは「小説はどうやら終焉の場所まで歩いてきてしまったらしい」と述べられていた。とすると、もしかして日本の小説は戦後すぐに停滞がはじまり、以後過去の小説を凌駕するような小説を生み出せず、五十年後にとうとう終焉してしまったということになるだろうか。
おそらくこれは文学の歴史の語り方の一つなのだろう。文学の歴史を語る際、評論家は「今」の小説を否定的に捉えてしまう傾向があるのだろう。逆に、「今」の小説を讃美する評論家は、歴史を軽視する傾向がある。どちらにも一長一短がある。

日本の近代小説 (岩波新書)

日本の近代小説 (岩波新書)