保坂和志『猫に時間の流れる』

保坂和志猫に時間の流れる』中公文庫、2003年3月
表題作の「猫に時間の流れる」と「キャットナップ」の二作品が収録されている。共に「猫」が主題となっている。誇り高き猫である「クロシロ」を描いた「猫に時間の流れる」。そして、猫を守ることに熱心な女性との関わりを描く「キャットナップ」。保坂の猫に注ぐ視線が熱い。保坂作品と猫の関係は切っても切れない重要なものだ。
そもそも猫と文学者の関係は深い。近代文学に限っても、『我輩は猫である』の漱石以来、さまざまな文学者たちが猫を語ってきた。文学にとって猫の存在は欠かせないと言っても過言ではない。保坂は「猫に時間の流れる」の執筆動機について、次のように語っている。

 あることがきっかけでぼくは猫とつきあうようになったのだが、猫、とくにノラ猫をみているうちに、彼らの生きる現実というのは可能性の海にぽつんと浮かび出たとても見つけにくい孤島だという感じを持つようになった。彼らの生きる現実は、こちらが思い描くいくつもの想像や推察の一つとしか交わらないし、交わりそびれることもいくらでもあるからだ。死んだ人間が残すわからなさは、動物の場合には生きているあいだもつねにあるというのが、「猫に時間の流れる」を書いた動機となっている。(p.209)

保坂にとって、「猫」は「死」という主題と同等かそれ以上の重みを持っている。保坂作品は、「死」そしてそれに付随して「時間」や「記憶」が中心的な主題になるというか、どの作品もこれらの主題を繰り返し思考し続けている。「猫」もまた同様であるが、つまりこれらはみな人間にとって「他者」あるいは「外部」なのだ。そして、この「外部」の持つ「わからなさ」は、文学を豊かにしてきた。とりわけ、保坂の語りを饒舌なものにする。

猫に時間の流れる (中公文庫)

猫に時間の流れる (中公文庫)