保坂和志『季節の記憶』

保坂和志『季節の記憶』中公文庫、1999年9月
だらだらと語り手の思考が連ねてあるだけなのに、読んでいて心地良い小説だ。これは、保坂和志の作品の魅力と言ってもいい。まさしくこれは、「思弁」の「エンターテイメント」だ。
鎌倉に引っ越してきた語り手の「僕(中野)」は息子の「クイちゃん(圭太)」と二人で暮している。彼らは、近所に住んでいる便利屋の「松井さん」とその妹である「美紗ちゃん」と深い交流がある。「僕」は、「コンビニ本」の編集者で、その仕事は「打ち合わせ」と「資料探し」と「原稿のチェック」で、端から見ると「暇そうにしている」と思われる。しかし、彼の生活はうらやましい。朝は、息子と美紗ちゃんと散歩をして、午後に仕事をして、夕方は松井さんや時折訪ねてくる友人と語らう。私にとっては、この「僕」の生活は理想的だ。

 長い時間働いて人並み以上の収入を得ることは良しとして、逆に、収入は人並みより少なくてもかまわないから働いている時間を短くしていたいという人間には文句をつけるというのは労働を美徳として疑わなかった時代の残り滓で、僕は労働をいいことだと思っていないから収入よりも暇な時間の方を選ぶ。(p.77)

こういう生き方を私もしてみたいものだが、これは景気が良くないと成り立たないものだろうか?

季節の記憶 (中公文庫)

季節の記憶 (中公文庫)