谷崎潤一郎『蓼喰う虫』

谷崎潤一郎『蓼喰う虫』新潮文庫、1951年10月
昔は谷崎の小説が苦手だったが、この頃読むのが面白くなってきた。特に昭和になってから書かれた作品がいい。
この小説も、谷崎らしく一風変わった夫婦が登場する。斯波要(かなめ)と美佐子夫婦は、性格の不一致なのか、すでに形だけの夫婦生活を送っている。要は妻に興味がないし、美佐子は夫公認の愛人がいて頻繁にその男のもとに通う日々だ。そんな二人の間には、息子弘がいてどうやら子どもながら両親の仲を秘かに心配している。
夫が妻の愛人を公認しているという設定が、一風変わっていると言えるのだが、これには二人が優柔不断というかはっきりと離婚するという決断ができないためであった。そこで、要は少しずつ分かられるような手段を取ろうと提議する。そして、要は六つの条件を提示し、美佐子と愛人「阿曾」の関係をとりあえず試験期間として様子をみようというのだ。男女の関係に、ある条件を持ち出してくるというのは谷崎の作品の特徴といえるだろう。もうすでに研究されているのかもしれないが、たとえば有名な『痴人の愛』にせよ『卍』にせよ、条件提示がなされていた。谷崎は、男と女の間に約束事を決める。これは、谷崎は恋愛関係を一種の契約関係だと考えていたのではないか。恋愛は枠づけられた条件のなかで行なわれ、そしてやがてこの条件が破綻し逸脱していく様子を描く。
この『蓼喰う虫』のラストは、要と美佐子が離婚の決心をしたところで終る。だが、要の提示した条件は果たしてすんなりと達成されるのかどうか、それは分からない。夕立の場面で終っているのを見ると、物語は何か波乱を予感させているようにも思える。二人は穏便に離婚することができたのか、それとも美佐子の父の介入がどのような結果を生むのか。

蓼喰う虫 (新潮文庫)

蓼喰う虫 (新潮文庫)