谷崎潤一郎『お艶殺し』

谷崎潤一郎『お艶殺し』中公文庫、1996年3月
この文庫には、「お艶殺し」と「金色の死」の二作品が収められている。ほぼ同時期に書かれた作品(大正三年)なのだが、解説を書いている佐伯彰一の言うとおり、この二作品は、一方は江戸趣味的で、もう一方は芸術論・美学的小説で、雰囲気が激しく異なっており、あらためて谷崎の懐の深さがうかがい知ることができる。
「お艶殺し」は、奉公人である「新助」と主人の娘である「お艶」が駆け落ちするところから始まる。しかし、物語の後半になると、お艶の「毒婦」としての本性が徐々に顕在化してくる。そんなお艶に振り回される新助だが、お艶の魅力の前ではまったくの無力だ。ただただ、お艶の言うとおりになってしまう。しかし、最後の最後にお艶がすでに新助に愛想をつかし、別の男を好きになっていることを知る。それでも新助は、元に戻ってくれるようお艶に拝跪して頼むのだが、その三日後、「お艶殺し」が行われる。――
最後に新助がお艶を殺さずに、お艶に拝跪し続けていくと、たしかに後の『痴人の愛』に近くなる。純愛物かと思わせておいて、一転して「毒婦」「娼婦」物へ展開するテクニックがすばらしい。
「金色の死」は、三島由紀夫が特に絶賛した作品として有名であるが、登場人物の岡村君の「苟くも欧州芸術の淵源たる希臘的精神の神髄を会得したものは、体育の如何に大切であるかを感ぜずには居られない。凡ての文学と凡ての芸術とは、悉く人間の肉体美から始まるのだ」「肉体を軽んずる国民は、遂に偉大なる芸術を生む事が出来ない」(p.116-117)という芸術論は、まるで三島が述べているようである。

お艶殺し (中公文庫)

お艶殺し (中公文庫)