網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』

網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』ちくま学芸文庫、2005年7月
もとの『日本の歴史をよみなおす』は1991年1月に、『続・日本の歴史をよみなおす』が1996年1月に出ている。この二つの本をあわせて文庫にしたもの。とても読みやすい本。しかも、内容が面白い。
あとがきのなかで、網野善彦は「常識」に囚われて、それによって誤った認識、イメージを抱いてしまうことに注意を与えている。その「常識」とは何か。この本で、取り上げられた問題は、日本は本当に「農業社会」だったのかということだ。「百姓」=「農民」と、私たちはイメージしてしまいがちだ。だが、中国では「百姓」はふつうの人という程度の意味であり、特に「農民」だけを指す言葉ではなかった。たしかに、近世の日本では身分構成を見ると「百姓」の割合が高い。だからとって、その人たちをすべて農民だとみなしてしまうと、日本の歴史のとらえ方を誤ってしまう可能性がある。農業を中心とした社会の歴史とは異なる歴史像も描けるはずだ、いや描かなくてはならない――。
というわけで、文書の読み直しをしながら、網野善彦は「海」に注目し、海運業が日本ではさかんであり、海を通じた都市のネットワークもあって、それを通じてさまざまな交易が行われ、人々は農業以外の仕事で生活することができたのだということを語っている。そして、土地を持っていないから農業ができず貧しいというイメージは誤っているということを説明する。こうして「農本主義」の歴史を覆すのだ。まさにこういう作業が研究の醍醐味なのだろうと思う。
最後に一つ面白い指摘をしている。「重商主義」の潮流が、13世紀の後半頃に見られるようになる。つまり、土地だけではなく商工業者にも税を課しはじめるのだ。顕著な例としては後醍醐天皇がいて、後醍醐天皇は商工業者に依存した王権を構築しようとしたらしい。室町幕府もこの路線を受け継ぎ、酒屋・土倉役を徴収したりしている。商工業に対し積極的に課税しようという動きは、鎌倉の得宗専制期からはじまり、後醍醐天皇建武新政を経て、室町幕府で安定をみるという。面白い指摘というのは、こうした商業を重視した支配が、おのずと専制的といわれる支配になっている、ということだ(p.400)。
鎌倉幕府では、「評定衆」と呼ばれる御家人の合議体があったが、やがて北条氏はそれを骨抜きにして、得宗専制に至るし、後醍醐天皇も有力貴族による合議体である太政官の公卿会議を壊し、自分の意志通りになる貴族や官人を配し、専制的な意志を貫こうとしたという。この動きが、現在の政治にも通じるところがあるのではないかと思う。小泉のやり方が、まさにこれなのではと。歴史は繰り返すではないが、歴史の勉強は現在の状況を見る際に役立つのだなとあらためて実感する。

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)