柳美里『JR上野駅公園口』

柳美里『JR上野駅公園口』河出文庫、2017年2月

一人の男性を軸に、戦後の日本、東京、福島、天皇、ホームレス、震災、原発などさまざまな歴史が語られる。

天皇制の視点から原武史が解説を書いている。これがすごく分かりやすいので引用しておく。

主人公は出稼ぎ労働者で、人生の大半を故郷を離れて生活していた。結婚もしたが、妻や子どもたちと会うことも少なかった。そして60歳を過ぎ、ようやく故郷に戻り家族と生活をし始めるのだが、妻が突然亡くなってしまう。主人公は孫娘と一緒に生活するが、孫娘に迷惑を掛けられないと再び故郷を出て東京・上野へ向かう。そして主人公は上野でホームレスとなる。

主人公は上野公園で暮らす。解説によれば、上野公園は正しくは「上野恩賜公園」と呼ばれる。もともと皇室の御料地で、明治から大正にかけて国家的イベントが開かれ、天皇行幸した。1923年、関東大震災が起きた際には罹災者を収容した場所でもある。関東大震災の翌年、宮内省から東京市へ下賜され恩賜公園となったという。

上野公園近くは博物館や日本学士院があり、天皇や皇族が訪れることが多い。そのため、小説中でも語られる「山狩り」と呼ばれる特別清掃、すなわちホームレスの排除が行われるのである。

このことについて、解説ではこう述べられている。

 ホームレスになるのは、地域共同体から切り離された人々であった。しかも、上野公園に集まってくるのは東北出身者が多かった。彼らは行幸に先立ち、かつての精神病者などと同様、天皇の視線から強制的に遠ざけられた。それはまさに、明治以降に確立された天皇制の権力がいまなお消えていないことを示している。

興味深いのは、この後である。原武史は次のように述べている。

 だが実際には、現天皇と現皇后を乗せた車が近づくと、公園から締め出された主人公もまた沿道の人々とともに手を振ってしまう。シゲちゃんは頭で考えるのに対して、主人公は身体が反応してしまうのだ。背景には、昭和天皇原ノ町で奉迎したときの原体験がある。主人公の人生のなかで、あれほどの陶酔感を味わった瞬間は、それ以前はもちろん、以後にもなかったのではないか。その記憶がよみがえったのだ。天皇制の権力によって排除されているにもかかわらず、天皇制の呪縛から一生逃れることができない運命――主人公はいわば「影」であり、天皇という「光源」によってのみその存在が浮かび上がる。「鏡や硝子や写真に映る容姿を見て、自信を持ったことはなかった」という冒頭近くの一文は、この点で印象的である。(太字は引用者による)

天皇制の力というものが端的に示されている。この解説はなかなか分かりやすくて示唆的でもある。

 

JR上野駅公園口 (河出文庫)

JR上野駅公園口 (河出文庫)