三島由紀夫『金閣寺』

三島由紀夫金閣寺新潮文庫、1960年9月
要するに、「金閣寺」に火をつけてしまった青年の物語だ。この青年が、変な妄想癖というか被害妄想があって、けっこう笑える人物。女性と性関係を入ろうとすると、決まって女性の胸に「金閣寺」が見えてしまって、不能になってしまう。この青年の妄想は、「金閣寺」だけではない。子どものころ、「有為子」という密かに思いを寄せていた女性がいたのだが、この「有為子」のイメージもしばしば青年の前に現れる。変な話なのだ。
また、この主人公以外にもおかしな人物がたくさん登場する。戦争中、出征する際に恋人の乳を欲しがる男とか、戦後になって、娼婦の日本人女性を連れて金閣寺にやってきたアメリカ兵が、主人公にこの娼婦のお腹を踏め!と命令したりするわ、内翻足という障害をもった柏木という主人公の友だちは、主人公に向かって「吃れ!吃れ!」と怒鳴るし、金閣寺の老師は年がら年中買春しているわ、まともな人物は、主人公の友人の鶴川ぐらいなんじゃないか。この鶴川も困難な恋愛で、自殺してしまうようだし。
おかしなエピソードが満載の小説なのだけど、非常に真面目に書かれてあるから、なおいっそう面白いのだ。笑い話なんだけど、語っている本人は笑い話だと思っていない、そんなおかしさがある。一番最後の文章も三島らしくていい。

 別のポケットの煙草が手に触れた。私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。(p.330)

放火事件を起こした直後にタバコを吸っているこの余裕さ。死ぬつもりで、「小刀」と「カルモチン」なんて買って用意していたくせに、あっさりとそれを捨てて、「生きよう」と思ってしまう青年。小説の主人公にしては、何か欠けているような気がするのだ。そんなおかしなところが、愛すべきキャラクターなのかもしれない。

金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)