四方田犬彦・斉藤綾子『映画女優 若尾文子』

四方田犬彦斉藤綾子編著『映画女優 若尾文子みすず書房、2003年6月
四方田犬彦斉藤綾子による「若尾文子」論と、この二人による若尾文子インタビュー、そして詳細なフィルムグラフィーがついたかなりの労作。「若尾文子」という一人の映画女優を通じて、日本映画の50年代から60年代を浮かび上がらせる希有な試み。この本は、「若尾文子」研究であるが、同時にかつて存在した映画会社である「大映」の研究の第一歩ともなるし、また若尾文子と長きにわたって名作を送り出してきた増村保造監督の研究ともなる。まったく贅沢な内容の本である。
若尾文子ファンにとっては、ここに収録されているインタビューは非常に貴重なものである。この本が出た時には、『竹取物語』が若尾の最後の出演作と言われており、このインタビューのなかでも、もう一度映画に出演してくださいとおそらく四方田犬彦あたりから言われている。それに対し、若尾もそれまでは映画出演のオファーは断っていたけれど、最近では自分で面白く思えて、他人からも楽しめてもらえるようならば、一日でもいいからやってみようかなと思っていると答えている。
このインタビューがきっかけとなったというわけではないだろうが、いろいろあってこうして今年になって『春の雪』で18年ぶりに映画出演をしたのだから、ほんとに『春の雪』は日本映画界にとっての大事件と言って良いはずなのだ。インタビューの最後にこんなやりとりをしている。

――若尾さんが、昔、小津さんにこう言われたんだけど、というようなかたちで、呼吸だよとか、なんか一言サジェスチョンすれば、若い監督はひじょうに心構えといいますかね、なんかそういうことが伝わっていかないと、日本映画の独自性がずっと…… 大映のそういう経験みたいなものを、いかに次の世代が勉強するかみたいな。この本もその一助になればと思ってます。若尾さんは、ほんとに今の三十歳くらいの人の映画にお出になられるとか……。
若尾 そうそう、一日でもいいし。小栗康平さんが『泥の河』を撮る時に出てくれって言われたんですけど、お断りしたの。でも、そういうことしちゃいけないわね。今ならね(笑)。やっぱりね、そういうのをやらなきゃいけないわね。(p.280)

『春の雪』出演は、やはり日本映画の良質な部分を若い映画人たちに伝えようとしたのであろうか。

映画女優 若尾文子

映画女優 若尾文子