村上春樹『レキシントンの幽霊』

村上春樹レキシントンの幽霊』文春文庫、1999年10月
短篇集。

最近、暇になると村上春樹の小説を読んでしまう。手もとにこれぐらいしか小説がないのが原因なのだが。村上春樹の小説は、文体に慣れてしまえば、かなりのスピードでどんどん読めてしまう。あまり深く考え込まずに読めるので気分がいい。特に短編が良い。村上春樹は、短編のほうが面白いのではないかと思うようになってきた。(長篇作品も、たしかに面白いが)
この本は「恐怖」がテーマになっている。「恐怖」とは何か。それにどう向き合うか。「沈黙」は以前にも読んだことがある作品だが、そこでは他者の言葉を無批判に受け入れてしまう大衆への批判と恐怖が語られる。そして「七番目の男」では、恐怖についてこう語られる。

「私は考えるのですが、この私たちの人生で真実怖いのは、恐怖そのものではありません」、男は少しあとでそう言った。「恐怖はたしかにそこにあります。……それは様々なかたちをとって現れ、ときとして私たちの存在を圧倒します。しかしなによりも怖いのは、その恐怖に背中を向け、目を閉じてしまうことです。そうすることによって、私たちは自分の中にあるいちばん重要なものを、何かに譲り渡してしまうことになります。私の場合には、――それは波でした」(p.177)

「氷男」と「トニー滝谷」では、人間を取り囲み、そこから決して逃れることができない「過去」がもう一つのモチーフとなっているが、恐怖とどう向き合うかということが語られていると思う。

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

レキシントンの幽霊 (文春文庫)