谷崎潤一郎『細雪』

谷崎潤一郎細雪(全)』中公文庫、1983年1月
大長編の作品なので、気になりつつもこれまで敬遠していたが、読んでみるとやはり面白い。さすが谷崎だと感心してしまった。
蒔岡家には、4人の姉妹がいる。物語は、その内の2番目の姉である「幸子」、3番目の娘「雪子」、末っ子の「妙子」が中心となる。長い長い物語であるが、語られていることは主に、雪子の結婚問題と妙子の奔放な生活であり、この二つの問題にひりまわされ苦労する幸子の姿である。時代は、昭和10年代あたりか。ヨーロッパではヒトラーが台頭してきて、日本も徐々に戦時下の体制へ向かう時期だ。文庫の解説で田辺聖子が、外国人の登場人物を通じて国際情勢は日本の社会推移が分かるのが面白いと指摘しているのだが、この指摘のあとに「しかしこの『細雪』はあくまで平面的な絵巻物であって、社会のうごきは毫も関係していない」(p.936)と述べているのはどうだろうか。たしかに、谷崎は「政治」とこの三姉妹の生活を直結させて描いたりはしていないが、だからといって、まったく「政治」と無関係に三姉妹の生活を描いているわけでもない。細部において、戦争という影が徐々におおきくなっていく(であろう)ことを、しっかりと描き込んでいる。浮世離れした物語を語っていただけではないと思う。谷崎は、この物語が「戦時下」にあることを強く意識していた。谷崎の時代感覚の鋭さを見逃してはならないであろう。
なによりこの物語で注目したいのは、この三姉妹に次から次へとトラブルが襲いかかる点である。しかも生半可なトラブルではない。病や災害に襲われ、特に末っ子の妙子はかなり危険なトラブルに遭遇している。大雨による洪水で危うい目に遭うし、鯖の寿司を食べて赤痢になり、しかも医者のせいでかなり苦しむことになる。しかも、妙子は結婚しようと思っていた男(板倉)を病で失ってもいるし、最後には生まれたばかりの赤ん坊を医師の出産時のミスで亡くしている。幸子も元来身体が弱く、病気になりやすいし、幸子の娘の悦子も物語中で大病をしている。しかしながら、もっとも身体が弱そうに見える雪子は、なぜか病気にならない。それどころか、病人の看護はいつも雪子なのだ。このことは、『細雪』を論じる人がすでに指摘していることでもあろう。その雪子も、物語の一番最後で下痢になってしまうのが不思議といえば不思議。そんな雪子は、なんどもお見合いに失敗していたのであるが。とにかく全編トラブルだらけ。ここまで姉妹にトラブルに遭わすのは、谷崎の被虐趣味なのでは? と思うほどである。
ともあれ、『細雪』が谷崎の傑作と言われるのは本当だと思う。

細雪 (中公文庫)

細雪 (中公文庫)