保坂和志『明け方の猫』

保坂和志『明け方の猫』中公文庫、2005年5月
「明け方の猫」は、次のようにはじまる。

 明け方見た夢の中で彼は猫になっていた。猫といってもまだ新米の猫なので四本の足を動かして歩くこともなかなか自由にはいかなかった。(p.9)

これが「夢の中」ではなく、朝、目覚めてみると、猫になっていたとあるとカフカの世界になる。猫になった「彼」が全然あせらないのも、これが「夢の中」のできごとだからだろう。
面白いのは、登場するのが猫になっても相変わらず「ムズカシイ」ことを考えていることだ。この猫は、女性から「まあ、ムズカシイ顔した猫ちゃんね」(p.21)と言われている。登場するのが猫であっても、他の保坂の小説と変わらない。
そんなわけで、物語のはじめは楽しいのだが、後半になると雰囲気が変わる。ややオーバーな言い方をすれば、「狂気」じみた世界となる。物語の後半で、猫の「彼」は、木枠に爪をひっかけてしまい、身動きが取れなくなってしまうのだ。そして、この木枠のある古い日本家屋には老女二人と女性が一人いて、老女の二人は同じことを繰り返し語っている。この老女の反復される会話が異様なのだ。そして、歩行を奪われた「彼」には、「死」の雰囲気が漂う。このあたりは、漱石の「猫」と、どこか似ているのかもしれない。

明け方の猫 (中公文庫)

明け方の猫 (中公文庫)