金井美恵子『噂の娘』

金井美恵子『噂の娘』講談社文庫、2004年12月
すごく面白い小説なので、一気に読んでしまったが、しかし何か大きな中心となる筋があるわけではないので、どんな小説なのかを語るのが難しい。でも、すごい。
どうやら、母のお葬式をすませた女性が、子どものころを回想する物語らしい。事情は分からないが、病気の父がいて、どこかの病院に入院しており付きっきりで母が看病している。なので、この女性と弟が美容院に預けられているというのが、この小説の状況らしい。
物語の状況、登場人物たちの事情を、はっきりと示せないのは、語り手がほとんどそうした事情について話さないからだ。この小説の文体は、一文が読点でだらだらと繋がれており、非常に息の長い文章だ。会話の部分も、カギ括弧で括らず、地の文と同じレベルにある。私の第一印象は、樋口一葉の作品のようだな、というものだった。
また、特徴としてモノの描写が多いし、映画や小説などの物語がたくさん挿入されている。モノや映画や小説にまつわる「記憶」の断片が集積された小説、それがこの『噂の娘』なのだ。記憶の断片が、必ずしも一つの脈絡をもって語られるわけではなく、何の前触れもなく、別の話に変わっていたり、同じ文章がズレながら反復されたりもしている。私は、読みながら「アレ?」とひどく混乱してしまった。しかし、この複雑さがもたらす読みの混乱は、小説にどっぷり浸かってしまうとけっこう気持が良い。
「噂」なんてうまくタイトルをつけたものだと感心する。そもそも、この小説の舞台が美容院だし、さかのぼれば髪結い床は「噂」の集積する場所ではなかったか。美容院という舞台設定には、そのような文学史の記憶が含まれているのだろうし、また語りのスタイルも「噂」の特徴を活かしたものになっているのではないか。こうした実験的な手法に惹かれる。もっともっと深く読み込みたいという欲望を刺激するのだ。

噂の娘 (講談社文庫)

噂の娘 (講談社文庫)