小川洋子『妊娠カレンダー』

小川洋子『妊娠カレンダー』文春文庫、1994年2月
この文庫には、表題作である「妊娠カレンダー」と「ドミトリイ」そして「夕暮れの給食室と雨のプール」が収録されている。私は、小川洋子の小説を今回はじめて読んだのだけど、この3つの作品、どれも面白かった。特に、ミステリアスなあるいはちょっとホラータッチな「ドミトリイ」にはまった。
「妊娠カレンダー」は芥川賞受賞作。姉が妊娠した様子を、同居している妹が淡々と記述している。妊娠という出来事を、新しい生の誕生を言祝ぐ物語といった紋切り型にはめずに、身体の変容つまりある意味「変身物語」としてグロテスクに描いていることが興味深い。
「夕暮れの給食室と雨のプール」は、結婚を間近にした女性が引っ越しをする。そこに現れたとある宗教勧誘をする父と子。この父子が、なぜか学校の給食室をいつものぞいている。どうしてそんなことをしているのかをこの女性に語るという物語。この男は、子どもの頃泳げないというコンプレックスを持っていた。そんな時、突然物が食べられなくなってしまう。それは、給食室でおばさんたちが大量の給食をつくっている光景を見てしまったからだった。
この給食を作る光景が、グロテスクに描写される。「妊娠カレンダー」でも姉がつわりがひどかったときに、食べ物の匂いをひどく嫌うようになるが、この男もまた食べ物の匂いに、不気味さを感じている。こうした匂いに代表される五感の鋭さが、小川洋子の特長なのか。
そして、「ドミトリイ」は、とある寂れた学生寮が舞台。主人公は、かつてこの学生寮で暮していた。ある時、10何年も合っていなかったいとこから電話があり、この学生寮を紹介してくれるよう頼まれ、このいとこの世話をするようになる。そして、今やさびれて住人のほとんどいない学生寮へ向かう。
ここで、両手と片足が義足の管理人の先生と主人公は再会する。この先生の設定からも分かるように、この小説でも身体の変容が主題となっている。それから、主人公はたびたび学生寮を訪れるようになり、体が病で衰弱していく先生の世話をするうちに、先生からどうしてこの学生寮が寂れてしまったのか、その理由を聞くことになる。
物語では、先生の身体とこの建物がまるで一心同体のように思える。物語が展開するにつれ次第に、先生そしてこの学生寮の存在が謎めき、幻想的な館に迷い込んだ主人公の物語になるところがすごく面白い。学生寮の入寮したいとこに、主人公がどうしても会えなくなってしまう不気味さも謎めいた雰囲気を出して効果的。とてもうまい小説だと思った。

妊娠カレンダー (文春文庫)

妊娠カレンダー (文春文庫)