成瀬巳喜男『噂の娘』
◆『噂の娘』監督:成瀬巳喜男/1935年/PCL/57分
金井美恵子が、この映画のタイトルで小説を書いた。金井のこの小説を、私はけっこう気に入っているので、いつか成瀬の映画のほうも見てみたいと思っていた。その願いが、きょうようやく叶った。
映画は床屋の場面から始まる。床屋というのは町内の噂が集まる場所と言えるのだから、映画のタイトルにふさわしい場面だと言える。そして、物語の最後もまた床屋であり、これは物語が最初と最後が対応するという文法にきちんと当てはまっている。
この前に見た『君と別れて』という作品でも頻繁に見られた手法に、人物の顔にズームインでクロースアップするというのがあった。この映画でも、ラスト近くで、カメラがずーっと人物の顔に近づいて、クロースアップするという映像が何度か連続して用いられている。これは、サイレント時代の手法なのだろう。
ところで、ラスト近くの場面で、ヒロインの「くにえ」のややクロースアップ気味の映像があるのだが、そこで「くにえ」の目がキラリと光るのだ。光がうまく目にあたったのだろうか、本当に目がキラリと光って美しかった。場面は、深刻な状況だったのだけど、そんな中での一瞬の目の輝きは強く印象に残った。この映画も、間違いなく傑作。