吉田喜重『日本脱出』

◆『日本脱出』監督:吉田喜重/1964年/松竹/96分
これは、素直にギャグ映画だと言って良いのではないか。ダメな臆病な男が、自分の意図と関係なく、凶悪な犯罪を犯してしまう、とんでもなく不幸な物語だ。犯罪映画史上屈指の奇作だと思う。映画それ自体がダメダメなところが逆にすばらしい。
この主人公の男は、ジャズ歌手を夢見ている平凡な男だが、ある日慕っているアニキに誘われて、強盗事件に巻き込まれる。お金を奪って、逃げる途中、警官に追われたとき、このダメ男は、わーわーとわめきながら警官を車でぶつけてしまうわ、アニキに頼まれて睡眠薬を買いに行けば、またしても車でオートバイをぶつけてしまうなどと、どんどん罪が増えていく。そしてひたすら逃げ回るしかなくなる。一人ではおどおどして何もできない小心者のくせに、なぜか大事件を起こしてしまう情けない男。犯罪映画史上で、この男こそ情けない人物はいないのではないか。この男の姿は、ほとんどギャグ漫画のようなのだ。
この映画は、東京オリンピックを時代背景にもっている。日本中がオリンピックに狂騒しているとき、このダメダメな男が逃げ回っているわけだ。この男と一緒に逃げ回る女は、ひたすら走る。この運動が、吉田なりの「オリンピック」競技なのではないかと思うほどだ。二人の運動は、裏オリンピックなのではと大笑いしてしまう。この映画は、最後までギャグに満ちたお笑い映画なのだ。
ところで、笑いといえば、吉田喜重の初期作品に共通に見られるのは、登場人物たちの笑いならぬ「嗤い」だ。初期の映画には「嗤い」声が満ちている。挫折するしかない運命、あるいは惨めな境遇や、またはダメダメな自分を「嗤」う人間たち。見ていてとても苦しい。なぜなら、あまりにもその「嗤い」が紋切り型だからだ。初期の吉田映画の稚拙さ、欠点はこの「嗤い」にあると感じる。