渡る世間は鬼ばかり

バルザックバルザック全集』第12巻(『幻滅』第2部、第3部)東京創元社
読み終えた直後は、かなり暗い気持ちになる。バルザックは語りが巧いので、登場人物につい同一化してのめり込んでしまう。この物語の主人公は、二人の無垢な青年のリュシアンとダヴィッドなのだけど、この二人が周囲の「こすい」人間たちに利用され、骨の髄までしゃぶりつくされていくプロセスを読んでいると、もう悔しくてたまらない。ほんとうに理不尽な世界だ!と嘆いてしまう。こんな人間たちばかりの世界なんて、もういやだと失望してしまう。

「パリでは、何かについて美しい幻想をもつなんてことはむつかしいんだな。何にでも税がかかり、すべてのものが金で売られ、すべてのものが製造される。成功さえもがね」
わが家に歩をはこびつつ、リュシアンはこたえた。(p.56)

まさに、この通り。すべては金を中心に動いている。バルザックの小説では、やたらお金の計算をすることが多いのだけど、それがリアルだなあと。「美しい幻想」は、金によってどんどん汚されていくというか。最後、リュシアンは、金のために「悪」に身体を売ってしまう。ダヴィッドは、自分の発明を利用されたあげく干されてしまう。ダヴィッドのほうは、野心も何もない人物なので、その後静かな人生を送るらしいが、リュシアンのその後は次の小説『浮かれ女盛衰記』で語られることになるらしい。こっちの小説も気になる。
でも、とにかくこの小説は傑作であることは間違いない。新聞という新しいメディアが、スキャンダルというものを武器に、権力を握っていく過程や、当時の裁判制度の矛盾を批判的に描き出している。こうした小説自身が持つ社会批評が、バルザックを単に面白い話を書く小説家に留まらせない、過剰なエネルギーを持った作家であることを示している。描き出す世界のスケールの大きさが、バルザックの魅力であり、荒唐無稽な「大きな物語」の持つ魅力も示しているのではないか、と思う。