千葉伸夫『小津安二郎と20世紀』

◆千葉伸夫『小津安二郎と20世紀』国書刊行会、2003年11月
千葉伸夫は、ノンフィクション作家で、映画関連の著作が多い。『映画と谷崎』、『評伝 山中貞雄』、『原節子 伝説の女優』などがある。私は『映画と谷崎』を読んだことがあるが、この本もノンフィクションであって、学術書ではない。したがって、論文などで参考文献とするにはやや曖昧な記述が多かったと記憶している。ただ、ノンフィクション作家は資料をたくさん集めているので、その点は参考になるだろう。
この小津安二郎に関する本書も、ノンフィクションであり、小津の映画を研究したものでも、批評したものでもない。そうしたものを求めて本書を読むとひどくがっかりするだろう。何を隠そう、私がそうだった。
本書の主要な関心は、タイトル通り「小津安二郎」と「20世紀」すなわち小津の生きた「時代」なのである。小津の人生をたどりつつ、同時に「時代」を語ろうとする。本書で熱心に語られる時代は、日中戦争から第二次世界大戦だ。戦争に関する記事を読むと、著者は小津以上に「戦争」に強い関心を持っているのではないか、そう感じざるを得ない。しばしば、小津の話から脱線し、「戦争」についての参考書を多く引用している。
本書の方法は、引用である。小津の日記や雑誌記事の類から、小津の周囲の人たちの書簡類、記事類を多く引用している。こうしたものを再構成して「小津安二郎」の人生を一つの物語にまとめた。ノンフィクション作家らしい方法である。
著者は、社会心理学の用語でいう「家族周期」を小津の作品のキーワードにしている。家族の「形成→増大→衰退→消滅」を一つの周期として、この周期を作品の中で描き続けてきたと見ている。したがって、「家族周期」の集大成として『東京物語』などは位置づけられている。また、「家族周期」のテーマが見られない『お茶漬の味』などの評価は低くて、「締まらない作品」「力作と大作との間奏曲」(p.276)としか書かれていない。
この間、私は『お茶漬の味』を見たが、とてもこの著者のような印象は受けなかった。ほんとに著者は『お茶漬の味』を見たのか、いささか疑問である。
本書では、作品に関しては、ほとんどが単なる印象論による感想文でしかなく、甚だ頼りない記述である。本書の欠点であろう。したがって、小津の映画について興味がある人には、本書は薦められない。読んでも得るところがないからだ。一方、「小津安二郎」という人がどんな人だったのかということを知るには、ほんの少しだけ役立つかもしれない。

小津安二郎と20世紀

小津安二郎と20世紀