小津安二郎『お茶漬の味』

◆『お茶漬の味』監督:小津安二郎/1952年/松竹大船/白黒/115分
「お茶漬」を食べる。これだけで、映画が作れてしまう小津はすごい。単なる「お茶漬」なのに、どうして感動してしまうのか。涙が出てくるのか。その原因を知るためにも小津を見続けなければと思う。
この映画は、自動車に乗っている場面から始まる。乗り物から始まるという点では、小津らしいのかもしれないが、その乗り物が自動車というのがちょっと珍しい。戦後の日本が復興してきた様子を示すかのように、都市風俗の場面がけっこう多い。野球場、パチンコ、ラーメン屋など。パチンコ屋を経営しているのが笠智衆というのも面白い。主人公の佐分利信が戦争中は、笠智衆の上官だったということが分かる。これは、戦争中に、自分の部隊の部下だった人物と偶然町の中で再会するという、小津の映画ではおなじみの人間関係だ。
この映画で私の印象に残ったのは最後の場面だ。それまで、仲の悪かった夫婦が、二人で台所に入り、お茶漬けの準備をする場面だ。この夫婦の家には、お手伝いさんがいるので、二人は台所に日常生活で入ることはないのだろう。だから、自分たちの家にもかかわらず、この家の台所は未知なる空間として二人の前に現れるのだ。
まるで迷宮に迷い込んだように、だけど二人はその迷宮を楽しむ。まるで宝物を見つけるように、ご飯を見つけたり、ぬか漬けを取り出したりする。小津映画では、たしかに台所は様々な意味を持つ記号ではあるが、この映画の台所は美しい。台所というごくありふれた日常空間が、まるで異国の土地のように表象される。まるで夫婦で異国(台所)を旅し、そして故郷(居間)に戻ってきて「お茶漬」を食べているかのようだ。こう考えると、これは家族(夫婦)の物語ではなく、ハリウッド風の冒険譚と言ってもいいのではないか。男女が困難を協力して克服し、めでたくカップルとなる、そういったハリウッドの典型的な物語になっているではないか!