小津特集を堪能する

◆『晩春』監督:小津安二郎/1949年/松竹大船/白黒/サウンド版/108分
見終わった瞬間、おもわず拍手しそうになるぐらいしびれる映画。父の笠智衆と娘の原節子のコンビは良い。小津映画なら、この二人だなあと思う。この父娘の関係は、一歩間違うと近親相姦のような危うさがある。小津は、きっと原節子に「お父様のそばにずっといたい」ということを言わせたいがために、映画を作っていたのだろう、ということを考えていた。
というわけで、私がこの映画で一番印象に残ったのは、娘を説得して結婚へと決心させるシーンだ。ここの笠智衆原節子の対話がものすごく良い。
父親が心配なあまり、ずっと父のそばで暮らしたい、結婚などしなくてもいい、という娘に対し、父は自分自身の再婚話という嘘をついて、結婚しても大丈夫だということを言う。
父は「たとえばの話だよ」と言い、再婚するかもしれないことをほのめかす。娘は、その前におばさんから父に再婚話があることを聞かされていたために、本当に再婚する気があるのか、父を問いつめるのだ。この対話シーンで、原節子笠智衆の顔が交互に映し出される。再婚するのか、という問いに笠智衆は、はじめほんのかすかに頷く。さらに娘は「きょうの人なのね」と問い、それに対し今度ははっきりと「うん」と頷く笠智衆。さらに問いかけがあり、それにも一段と力強く「うん」と答える父の笠智衆。この父と娘の応答で、笠智衆の返事が少しづつ変化していくところは注意したい。単なる反復の映像ではない。しばしば小津映画で言われるような、差異を持った反復のシーンだと言える。
はじめは、娘を説得するためとはいえ、嘘をつくことへのためらいが父にあったのだが、反復によって、父の娘をどうしても結婚させなければならない強い決意へと変化している。娘への深い愛情が感じられるだろう。
同じような対話のシーンがもう一度繰り返される。それは、娘が結婚することを同意するシーンだ。おばさんに、お見合いの返答を聞かせてくれと迫られた娘は、おばの問いにはじめは軽く頷き、二度目の問いかけに小さく「ええ」と答え、三度目の問いに再び「ええ」と答える。自分自身に結婚することを言い聞かせるように、短く「ええ」とつぶやく原節子の演技が印象的。こうして、父と同じように、応答の反復によって、結婚への決意が固まっていく。こうした変化が、蓮實重彦風にいうならば「運動」が小津映画の重要な点なのだろう。
本当に小津映画というのは細部に至るまで、緻密に計算されて作ってある。画面を見ていると、非常に数学的だなあと思う。