野村芳太郎『影の車』

◆『影の車』監督:野村芳太郎/原作:松本清張「潜在光景」/1970年/松竹/98分
これも傑作。一言で言ってしまえば、この映画は郊外を舞台にした不倫物だが、ホラー映画っぽいとも言えそう。
平凡なサラリーマンが、ある日昔の知り合いの女性と出会う。その女性と何度かで会う内に親密な仲になり、やがてこの女性の家に男は通うようになる。男がこのように二重の生活を送るのは、松本清張野村芳太郎作品ではよく見かける。たとえば、この前に見た『ゼロの焦点』が代表的。男の二重生活が「犯罪」を引き起こすというパターンだ。
この映画は、したがって「二重」のイメージが強い。ガラス越しに人物を撮る場面が多いのだ。たとえば子どもが寝ている部屋から、隣の部屋にいる男と女を撮るのだが、その時、二人は障子の雪見ガラスを通じて見られる。そして、そのガラスには、寝ている子どもの姿を映り込ませている。男と女の情事と息子の姿が、一つの画面に重なる。また、この映画には野村芳太郎作品ではおなじみの回想シーンが使われている。これも考えようによっては、現在と過去の「二重」のイメージを作り出していると言えるだろう。
この男は、妻と二人暮らしで郊外の団地に住んでいる。一方、女性は男の家からさらに離れた畑と雑木林に囲まれた一軒家である。近所にも家がなさそうで、夜などは非常に寂しい場所である。林を抜けた一軒家が物語の舞台となるということは、ある意味、男は女の誘惑(ファム・ファタール的女性)によって異界に連れ込まれたとも読めるかもしれない。そこで、恐ろしい怪物(=息子)と出会い、男は破滅する物語であると。ホラー映画っぽいと感じたのは、おそらくこんなところからであろう。